瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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http://www.radiokishiwada.jp/simul/
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話は変わって日本仏教のお話です。
先生:「日本の仏教は非常に差別精神が強いの。」
年美さん:「それはどういうことですか?」
先生:「生死の一大事という言葉があって、日本の仏教は生まれることは喜びで死ぬことが悲しいことでしょう?だから供養がたくさんあるのよ。この部分から大乗仏教ではないのよ。」
年美さん:「生まれることは喜びで死ぬことは悲しいことだと思っていました。」
先生:「死ぬことが悲しいことなら、全員がBad Endということでしょう?死ぬのではなくて戻るのよ。そういう認識を強めておくと楽しみでしょう?どうやらエネルギーは途絶えることなく続くみたい。」
年美さん:「肉体を手放したらずっとそのままなんですか
」
先生:「どうやらそうみたい。何を感じるんだろうって思うの。死は全員にくるんだからそんなに悲しまなくてもいいと思うのよね。私たちは全員そっちから来たし、みんな同じところをグルグルしているだけなのよ。瞬間的なあり方が違うだけなのよ。私たちはずっと存在し続けているの。
誰が仰ったのかわからないけれど、大乗仏教で宇宙に戻ったり肉体に戻ったりすることをコップの水で例えたりする人がいるの。コップに水がある。それがあなた。そこに縁が変わって直射日光がさんさんと当たったらコップの水はどうなる?」
規子さん:「水は蒸発する?」
先生:「水はなくなったのではなくてあり方が変わったの。空気中に飛んだ蒸気はずっとい続けるの。そしてお釈迦様は『私がずっとここにいると思っているだろう?そうではない。元々私はいたんだ。コップに入れた水のように、この形をとらないと君たちに見えないからこの形になった。この世の本当の真実を全部伝えたからそろそろ戻る。次に現れるのは私ではなく弥勒菩薩だ』と仰ったのよ。
今まではお釈迦様を一人の人として話をしていたの。最初からお釈迦様は人ではないと話をするとファンタジーみたいになって、仏教の実践項目が薄れると思ったの。
つまり大乗仏教と小乗仏教の違いは、それを説かれたお釈迦様のあり方が違うの。人として捉えたのか、それともこの世のシステムとして捉えたのか。そしてこの違いが非常に大きいの。ただ、このこの事によって教えがひっくり返ったりとかはない。お釈迦様が人間という形をとって説かれたエピソードは何も変わらない。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
大乗仏教と小乗仏教の違いがお釈迦様のあり方だったとは驚きました。そして、その当時宇宙の話を理解できたお弟子さんや周りの方の想像力に感服します。
宇宙写真もないのに本当によく宇宙の話を受け入れることができたと思います。これが頭で考える人と心で感じる人の違いなのか、それとも瞑想を深めるとわかるようになるのでしょうか。
話は変わって、この頃生活がだらしなくってブログの更新も毎日できなくなってしまったので生活を正したいと思います。コロナ前、よく朝起きてブログ書いてたなぁと思います。本当にすごくよくやっていたと自分を褒めたいと思います。