瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
---------------
今週は過去についてのお話です。
先生:「さっき年美ちゃんと過去の活用方法について話をしていたのよね。過去にいい思い出と嫌な思い出があったときに嫌な思い出は切り捨てたらいいけれど、素敵な思い出はそれがあったから頑張れる!といういうように活用できるという話をしてたの。」
年美さん:「今嫌でも過去はこんなによくしてくれたから今頑張ってその人にお返ししていこう!って思えるかなと。」
先生:「それで旦那の介護ができると?」
年美さん:「そうですね。それで今後旦那の介護ができたらいいなと・・・。」
先生:「いつかご主人の介護をする時もあるかもね。その時に、今ではなくて過去の記憶を思い出すと彼への感謝が思い出されるから、それを今に持ってきて介護ができるかもしれないということね。」
年美さん:「そうですね。」
先生:「それは素晴らしいことなんだけど、それは今の年美ちゃんが過去を振り返った時の感覚で、明日の年美ちゃんは同じ過去のメモリーを思い出してもまた違う解釈をする。今の状態が好ましいのであれば、今の状態を保つ努力をしないと半年後とかに同じ過去を振り返っても悲しい思い出になることもある。過去は今によって繊細にコロコロ変わるからなんとも言えないの。
そう言いつつ、違う価値観を言うと、過去のことを許せないのが親に対してが一番なの。自分の人生にダメージを与える過去が親との関係なの。
『あの時、親は私に何もしてくれなかった
』とか、いろんな痛みを思い出しては自分を嫌いになったりする。自己肯定感が下がったりする。行き着くところまで行き着いて考えると、好まれて出産されてここまで育っていると考えると親に反論できないと思うの。私の弟子に赤ちゃんが生まれたでしょう?赤ちゃんを見て思うけど本当に何もできないよね?ただ寝ているだけ。あの時期に全部面倒見てくれたおかげで今生きている。
生きるということに対して何も協力体制をしていない。ただいるだけ。それを親は全部やっていたのよね。それはどうにかこの子を生かすため。どうにかこの子が病気にならないため。あらゆる手を尽くして若い親があなたという命を一生懸命守ってくれた。その後自分の脳が発達して親との会話を覚えるようになって親に言われたことに腹を立てているけれど、根底としてはやっぱり全力で命を繋いでくれたのよね。その記憶がないからね。多分、自分が親になったらそういうところが見えてくるんだろうね。
過去の活用方法で、思いっきり過去に戻ったら許せるかもしれないわね。これは自分と親との関係性に限る過去の使い方かもしれないけど、私という命が宿った時に産むことを決意してくれて産んで、そこで全ての命を支える努力を寝る間も惜しんでやってくれた。人はその後からの記憶で親との関係性で苦しんでいるのよね。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
私が今以上に母を恨んでいた時も先生から同じように赤ちゃんの時に寝る間を惜しんで育ててくれた話を聞いたことがあります。その時は死にたかったので、育ててくれた感謝よりも、なんで産んだんだ!とか、なんでこの歳まで育てたんだ!とか、生きていることが苦痛だったので、私が乳飲み子の時に母が何もしなければ死ねたのにと思っていたので、全然感謝はありませんでした。
多分、母も言葉を発せず、ただ笑って泣いている私の方が楽しかったんだろうなと思います。私が何もできないからこそ、ある意味母の自由になりますからね。それが私が言葉を話すようになって母が期待しているリアクションや言葉を期待され、それができないからこんな関係になってしまったんだと思います。
多少恨みが減った今となると、生きているのが辛いのが親の責任ではなく自分の責任なので余計にどうしたらいいのかよくわからなくなります。私が自死しなかったのは親を恨んでいたおかげなんだなと、恨んでいるから相手より先に死んでなるものかと思うから結果的に生きている。親のおかげで今があるとは不思議です。