瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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先生の師匠から教えていただいた事のお話の続きです。
先生:「その時に師匠から、『お金がある時に出す事が布施じゃない。出さなければいけない時に出す。でも、出せるものがなくても出す。それが布施である。出すべき時が巡ってきた時にたまたま出せる金額があって出すのは布施じゃない。人が喜ばんとする場所、悲しまんとする場所、そういったところは必ず出す。それは自分の財布事情は関係ない
』」
年美さん:「かっこいい
」
先生:「お金の布施、つまり財施をしようと思った時は、タクシーに乗らないで歩くといった体を使った身施が一緒になる。それプラス六度万行の忍辱という、心をグッと堪える事とか善業のセットができる。」
年美さん:「凄いですね!」
先生:「何が言いたいかというと、いま供養の話をしているけれど、そういう事を師匠は大切にされている方なので、私がそれを受け継ぐ事が師匠を供養していることになる。9年くらいまでにその話を伺ってからずっと財施してるからね。」
年美さん:「それは存じています
」
先生:「もっと奥をいうと、これが師匠の供養にもなるんだけど、それを元々言われたのは誰ですか?」
年美さん:「お釈迦様です。」
先生:「そう
仏教を勉強してそれを実践するということは、お釈迦様の供養をしている事になるの。お釈迦様がもっとも大切だと仰っていたことだから。いまお釈迦様は肉体がない。肉体がある私がそれをやる事が供養なの。仏教の実践項目をやろうと思っている時に”わたしはお釈迦様の供養をしてる
”って思うの。」
年美さん:「
」
先生:「施しをした供養は回向(えこう)するものといわれている。超幸せでしょう
このループのことを供養
っていうのよ。」
年美さん:「回向まで含めて供養というんですね。」
先生:「ご相談者の方にも供養はやりなさいと言ったのよ。まったくこの事を知らない方は供養だとは思わないかもしれないけれど、けれど言う人は言う。それを聞くかどうかはあなた次第。もし、私があなたの立場で『まだそんな事ひきづってやっているの?』って言われたら、『ずっとひきづるよ
』って笑顔で言う。それをあなたが傷が付くような受け方をしたのは悪いけどあなたの落ち度だよね。さっき供養は2つあると言ったけどこれが1つめなの。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
供養というのは仏壇にお線香とお水などをお供えをしたら終わりなのかと思っていたらそんな簡単なものじゃないんですね![]()
先生や先生のお師匠様のように立派な方であれば受け継ぎたいと思う教えや習慣があると思いますが、そうじゃない人の場合は供養をスルーしていいんでしょうかね。それとも反面教師として供養すればいいのか?
そもそも、そういう人の場合は亡くなった時に残された人は悩まないから、先生のところに相談にも来ないから悩むだけ無駄ですね![]()