瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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釈迦の存在論の続きです。

 

 

 

先生:「例えば夫という人がいて妻という年美ちゃんがいるということなの。この縁があって起きている現象。縁起の現象。因縁果の法則でいうと

 

因=名前も何もないあなたがいる。あなたがいて、

縁が巡って年美ちゃんになっている。

 

あなたがいて瀧本という縁が巡っている時間帯は弟子という年美ちゃんが起きてくる。目の前に子供という縁が巡れば母という年美ちゃんが起きてくる。これが因縁果の法則なの。

 

その縁にふさわしい行いとして物事が起こっているかどうか。その縁を取り違えていないかというところなの。」

 

 

年美さん:「なるほど!」

 

 

先生:「名前のない私がここにいて、弟子という縁が巡っている時は師匠らしく説法できる瀧本がここにいないといけない。弟子という縁が巡っているならね。逆に、友達という縁が巡っている時に私が説法を正しく説くべき人間として存在したらどうなるか。友達は”何だこいつプンプン”ってなる。『そんな事したら因果の法則で悪い事起こるよ。』とか、いちいち友達に言っていたらそうなるわけ。

 

だから、選んだ縁に対するふさわしい結果ではなく縁と果の部分がイコールしていない。つまり、縁が変わっていることに気づいていない場合なの。ずっと一つの縁の態度で接してませんか?ということなの。」

 

 

年美さん:「なるほどビックリマークすごくよくわかります。子供と母親としての縁で接してくれているのに、『今のことは〇〇っていうことなんだよ。』って、弟子である縁で話してしまうとちょっと説教じみてしまうって行くことですよね?母親として聞いてほしかっただけないのに。」

 

 

先生:「そう!そういうこと。逆に子供たちも本当に悩んでいたら母親じゃない年美ちゃんを求めることもあるよね?」

 

 

年美さん:「先生のところで勉強している事を求められることもあります。」

 

 

先生:「そこの縁を見極めなきゃいけないということなの。例えば、会社で会長や社長部下たちの前ででふんぞり返っている縁の人が、そのまま家に帰ったら最悪でしょう?」

 

 

年美さん:「ややこしくなりますね。」

 

 

先生:「最悪な状況になるよね。子供の縁が巡っている時は父親でなくてはいけないのに会長だったりすると、ものすごく人間関係が悪くなる。自分が一番長く巡らせている縁の時の状況で、違う状況に人はいきがちになる。

 

結婚の対象者が目の前にいる事をわかってちゃんと結果を起こしていれば必ず因縁果の法則で御成婚になる。ところが結婚できない人の特徴は、どの縁が巡っているかをちゃんと見定めていなくて、その縁じゃない時に振舞っている縁のままそこにいるの。その結果、欲しくない結果が起きる。

 

私は弟子たちに対してものすごく言葉使いに厳しいのね。私に対してタメ口になっている時にすごく厳しくするの。一事が万事で、師匠の前にいる時の縁の意識ができていなくて、友達の縁が巡っている時と同じ状態になっている。縁の認識の失敗をしている。

今それと違う縁が巡っているという事をちゃんと理解しないといけない。そこの教育論でもある。」

 

 

年美さん:「切り替えですね。」

 

 

先生:「そう。私たちは縁がきり替わる。ラーメン屋にはいたら客になる。自分が何かを作っていたら振る舞う立場になる。人生は縁がころころ入れ替わる。でもそれが同じ縁だと認識して1つの自分であちこち顔を出すとややこしくなるの。」

 

 

今週のラジオ内容はこれで終わりですバイバイ

 

ラジオは時間が足りなくて途中で切れていますが、WEBサロンでは、結婚したくてもできない人たちは言葉づかいが間違っていると仰っていました。結婚を意識している相手の前で、女友達と一緒にいる時のような会話をしてみたりしていると先生はおっしゃっていました。

 

私も言葉づかいが悪かったので、先生に再三注意されました。不思議なもので言葉づかいが悪い事に気づかないんですよね。何となーくは分かっているんだけれども、直そうという気まで回らないというか、そのことが与えている自分へのダメージがわからないというか。。。今は治ってはきましたが、独り言とかがまだタメ口なので私の場合完全に治るまでに時間がかかりそうです。

 

縁によって人との接し方を変えるのは当たり前のことなのに、私の場合、人によって態度が変わるから八方美人というか信用できない人というように思っていたので、その考えも言葉づかいを治すことに抵抗する材料となってましたね。自分ができなからそうやって僻んでいたのかも知れません。

 

独り言もキチンとした大人の言葉で話せるように訓練しますウインク