瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
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一本の雑草から学ぶということはどういうことなのでしょうか。
先生:「仏教が草一本を見てそこから大宇宙を感じるというのは、どういうつながりで感じにいけばそうなるのかというと、何もないところに草が生えてくる。けれど何もなかったんじゃない。そこには直接原因が必ずある。我々が認識できるかどうかは別として直接原因は必ずそこにあった。
その草の種はそこに絶対にあった。そこに間接原因が重なって芽がでた。そこにあったその種は何処から来たのか。土の中で勝手に種が作られることはない。となると、おそらく前の年に生えていたはずの雑草が1粒種を落としている。それが一年経って雨が降って陽があたったり色んな間接原因と出会ったからそれは発芽した。
その前の年の雑草なりお花の種が一粒でも落ちたということ。じゃぁその種は?去年咲いた花の種は?その種も前の年の花が1粒の種を落とした。じゃぁその種は?というように遡っていくとビックバンまで辿り着くよね?
色んな間接原因が集まった結果種になった。その計り知れない年数、何億年と遡ったものがその1本の草であるとお釈迦様がおっしゃったの。そこに去年は咲かなかったけれど今年は咲いたとしたら、去年は間接原因が巡らなかっただけであって、直接原因はそこにあった。例えば今年は陽がよく当たからとかね。
今年急に草が生えたと思うかもしれないけど、その因子は何億年もかけてそこに存在しているものである。大宇宙が総力をあげてその種1つを発芽させた。」
年美さん:「壮大ですね![]()
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」
先生:「壮大なの
大宇宙が総力をあげて光を与え水与え乾燥させてまた水を与える。それが何度もくりかえされて非常にバランスのいいところで間接原因が初めて結果をだした。だからこの全ての地球上の営みが発芽の原因であるって仰ったの。」
年美さん:「す、凄いです。。。」
先生:「三千大千世界がその種の中にあって広すぎず狭すぎずという意味なの。そのまま宇宙が種であるという意味で、ケシ粒の中に 大千世界を入れて 広からず狭からずという言葉になったの。感動するでしょう?」
年美さん:「深いですね。見方が変わりますね。」
先生:「ここからが美しい話になるんだけど、、、」
区切りがいいのでこの辺で![]()
宇宙がケシ粒?私の知力だとなんとなーくしかわからない。なんだろう。理解したいと思うのに何かがブロックしているような感じがする。ストンと体の中に入ってこない。なぜだろうか?
きっと、私が苦手な人も宇宙や地球にとって必要ななんだと思わなきゃいけなくなるのが嫌なんだろう。その考えがブロックしている気がする。
このラジオを聴き終わった後は理解できているのだろうか。心配だ。