瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
-------------------
今日は先生が先日見た夢のお話からです。ご覧になってない方は読んでから今日のブログを読んでくださいね。
先生:「もし、私の見た夢のようにそういう世界なのであれば素晴らしくない?」
全員:「素晴らしいです。」
美千子さん:「先生が夢の中で感じられた喜びにたどり着けたらいいなと思います。」
先生:「おそらく死後の世界はそうなんだと思う。仏教では死後を唯一語らないけどね。いろんな方がお話しされていることを集約してみると、亡くなった途端に肉体を持っていた世界に対する執着がなくなるらしい。悲しんでいるのは残っている側の人で、元の世界に先に戻られた方は”そうだ!こっちの世界だった
”みたいに、元いたところに戻っていく。ちっともこっちに未練はないみたい。
そういう事って思ったの。全然肉体を戻してほしいなんて思わない。すごい狭い中に自分のエネルギーを閉じ込めなきゃいけない。切り離されたもの全部が1つに戻れた感じ。何一つ私を縛るものはなかったの。精神的にもね。痛みもない、不安もない、恐怖もない、悲しみもない、何もない。ただ繋がりだけを感じたの。すごい幸せな感じだったの
」
年美さん:「それを夢でも体感できるのがすごいですね。それは誰でもできることなんでしょうか?」
先生:「瞬間的に偶然に知れた心理なのかと思う。極限まで自分と向き合うことをしているからかもしれない。やっと自分と一緒になれた感じがするの。」
美千子さん:「先生に質問したい事があるのですが、先生がよく自分の操縦席に自分を乗せるとおっしゃるじゃないですか?自分が乗っていると思ったんだけど、本当にそうなのかどうかわからない時があるんです。本当に自分が願っていることなのか、それともこれは誰かの意見が入っているのかがわからないんです。」
先生:「まず第一段階としては、これを自分がやろうと思っているんだけどそれ自体が他の人の意見かな?と思ったら、まず自分がそれを喜びとしてできている認識があるなら、いまそこをいじらない。」
美千子さん:「そのままでいいんですか
」
先生:「喜びと思っているなら。ただ、どうかなぁと思案する時やジャッジする時に”これは誰かの指示が入っているか?”と、そこはみに行ったらいいと思う。パッと”これは嬉しいし楽しい
”と思ったのなら、”これは本当に私?”ってみに行かなくていい。それは次でいいと思う。
とりあえず喜んでいたらOK
もしも他人の意見によってのジャッジメントで喜びと誤認している場合はその喜びは続かないから大丈夫。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
今日は久しぶりに朝から出社です。今まで在宅勤務が主だったのですが、もしかすると出勤率が増えるかもしれない![]()
人付き合いが苦手な私としては在宅勤務はストレスレスで本当にいい。こんなに快適だとは思わなかった。
さて、先生の夢の話はすごいですね。死んだ後すごく充実した感覚になるのはなんとなーく理解できますね。死ぬ前も痛みなく死ねたらいいのにといつも思います。なんで死ぬ直前に苦しんで死なないといけないんだろう?
先生のような体験をするには自分と向き合わないとダメだと思うので、私は生きている間は難しいだろうなと思います。
美千子さんの質問もよくわかりますね。私はどうなんだろう?自分と向き合ってないから未だに自分が何にワクワクするのか、何に喜びを感じるのかがわからないですね![]()
自分で自分の好きなことを見つけられている人はすごい才能だと思う。その才能がほしい。