瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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プリンが机から落ちた因縁についての続きです。

 

 

 

先生:「私から想像できる縁だけを繋げるとあらゆる縁が動いた結果、プリンが机から落ちて絨毯が汚れた。今日友人に会わなければプリンをお土産に持ってくることもなかった。今日会おうと決めていたのは一ヶ月前に決めていた。そもそも机がなかったら、私が生まれていなかったら?

 

つまり、143億年前にビックバンが起きて約43億年前に地球が出来ていろんな縁が繋がってプリンが机から落ちたの。これを因縁といいます。

 

1つの原因というものが何かの縁に触れている。プリンが落ちるという現象からも計り知れない放射線状にものすごい縁が繋がっている。けれど愚かな私たちは『ここにプリンを置いたのは誰むかっ』となる。机に置いた人が悪いかのように言ってしまう。

 

本当だったらありがとうを言わなければいけない人なのに、プリンが落ちて絨毯が汚れたことによって『誰が持ってきたのむかっ』って言ったりする。

 

だから私たちは因と縁が加わって結果になる。それを因縁果の法則といいます。果をだけを言わずに因縁だけを使って『すごい因縁ね』というけど、行き着くところは全部1つ。原因があってあらゆる縁が巡って縁にふさわしい結果になっている。

 

だから因縁が悪いとか、良い因縁であるという言葉自体がそもそも間違っているの。言葉の解釈を根底から間違えている感じだね。どんなことが起きたって原因の追究は不可能です。全ては実体がない。このこと空(くう)といいます。」

 

 

年美さん:「なるほど。。。」

 

 

先生:「一つ一つの出来事はあたかもそこで起きたように見えるけれど、ちゃんとした因縁果で捉えた場合、全てに実体がない。これを空(くう)の概念という。そして諸法無我と言います。これは三法印の1つ。他には諸行無常がありますね。諸行無常は諸々の全ては移り変わって常なる姿はないという言葉でした。

 

諸法無我というのは、諸々の全てというのは実体がないということです。今のプリンの話です。プリンが落ちたということだけを見ずに全体の流れで見てみると追求ができない。巡った縁によってふさわしい結果が起きただけ。そしてまた次に移り変わっていくという意味です。

 

3つ目は何でしょう?この3つを三法印といいます。」

 

 

 

年美さん:「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)です。」

 

 

先生:「全て移り変わり常がない。そしてそれらには実体がない。だから執着するなかれということなんだけど、その事を頭で理解するのではなくてしっかりと腑に落とすと、静寂な心になるというのが涅槃寂静です。そうすると、何が起きても”そんな世の中だね”と自分の中で許しが出てくる。」

 

 

 

曲紹介になったので今日はここまでバイバイ

 

 

空の概念の全てに実体がないというのが、プリンの話を聞いても実際落ちているプリンを触れるから、私の頭は理解することが難しいですね。色んな縁が絡み合っているのはわかるんですけどね。これだけ無数の縁が絡まっていると嫌なことが起きて怒っているのもバカらしいし、自分が何で生まれて生きているんだろう?ということも悩む必要がないことなんだなぁとわかります。

 

わかっても、まだ頭で理解していて腑に落ちていないので気を引き締めてないと不安になったりイライラしたりしてしまうので注意が必要ですね。

 

在宅勤務で人と会ったり話したりする機会が少なくなったおかげで心がすごく落ち着いています。私は一人が好きなんだなぁとつくづく思います。仏教を学ぶ前は友達たくさんいないと社会から取り残されるんじゃないかと思っていましたが、そもそも一人が好きなんだから無理しなくていいんだなぁと。これでいいんだと思ったら楽になりました。在宅勤務バンザイですニコニコ