瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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今日はご相談のお話からです。
先生:「この新型コロナで悩みが増大してしまってすごくしんどいというメールを沢山頂いているの。この方のこのご質問にお答えしますというよりも、ざっくり纏めてお話を1つだけすると、今の絵の話と一緒なんだけど仕分けをするという事なの。正しく見れると仕分けができる。人生の出来事で大きく2分化する。運命なのか宿命なのかというように二分化する。」
年美さん:「先生から宿命という言葉をあまり聞かないので不思議です。」
先生:「あまり使わないんだけどわかりやすいと思って。運命なのか宿命なのかという2文化をする。それはどういう事かというと、宿命と運命という言葉を割とみんな一緒くたんに使っている人がいる。『私の宿命ってなんなのかしら?』とかね。この言葉の使い分けってあまりしないでしょ?
実際、仏教で運命や宿命という事をお釈迦様は好まれていないから、仏教的には口にすべきではない事かもしれないけれども、わかりやすく纏っている単語だと思うからそれを活用しているの。
娑婆的に言う宿命っていうのは変えられない。一体なんなのかというと、年美ちゃんは長女として生まれました。これは宿命なわけ。私は上に兄がいます。私は妹として生まれました。これも宿命。目鼻立ちはこんなで身長は何センチでとか、私は女ですとかね。
これは宿命であって自分がどういう風にしてもひっくり返らない。年美ちゃんのお父さんとお母さんはあの人達というのも宿命。私たちが日本人に生まれているのも宿命。いっさい手が加えられないという出来事なのか?自分がいくらでもそこに手を加えられる、または加えている手を引く事ができるというのが運命なの。
だから、苦しいな悩んでいるなって自分が何かでストレスだなって思う事があったら、まずこれは宿命かな?運命かな?という大きな仕分け作業をする。そうすると、ほとんどが運命なの。」
年美さん:「![]()
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」
先生:「悩んでいることのほとんどは運命なの
となるとどうなる?」
年美さん:「運命を変えればいいという事ですか?自分で行動をする?」
先生:「そういう事
運命の運というのは自分の命の運び方。つまりこれを仏教的にいうと身口意の三業というの。」
年美さん:「運命と身口意の三業が繋がるんですね。それで変わる事ができますね。」
先生:「そうそう。つまり自分の身に起きている事って、自分の思っている事、言った事、やった事この3つが自分の人生を作っているというのであればこの三業を変える事=運命を変えるという事なの。だから、ストレスだなって思う事があればその事は宿命だったら諦めたらいい。明らかに見て諦める。運命だったら身口意の三業を変えたらいいの。いずれにして解決策はある。」
時間がないのでこの辺で![]()
運命=身口意の三業だったとは![]()
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今週のラジオはビックリだらけです。今回世間を騒がせている新型コロナのことは宿命ということですかね?私にできることは予防くらいなので。違うかな?
身口意の三業が重要というのはよくわかりますが、私の場合使っている言葉がキツイというか言葉のセレクトが人と違うらしく、よく誤解されます。人と感性が違うんでしょうね。こういう場合どうしたらいいんでしょうかね。悪気はないのに人を不快にさせてしまう人は。。。人とトラブルなく円滑にいける人はすごいと思う。その技が欲しかった![]()
私が鈍感だから繊細な人の気持ちがわからない![]()
人間界で生きるのは大変ですね。