瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
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雑談が思いつかない時はどうしたらいいのでしょう?
先生:「この人に何を言ったらいいだろう?というような会話をするのではなくて、”この人にこんな話をして嫌われたらやだな”と思っているのは自分の声。何を言ったらいいだろう?はどこからから借りてきた声だからちっとも楽しい会話にならない。自分の中から出てきている言葉を言う。
例えば、言った結果『ふん
』って嫌われたとする。それはそこまでの縁でいいと思うの。実際自分らしく立ち振る舞って嫌われるんだから。そういう私というタイプの人間は嫌なんだなとか、こういう話題は嫌いなんだなでいいと思うの。その日のご縁はそれで終わればいい。」
年美さん:「その日のご縁として終わればいい。」
先生:「次の日人は別人になっているから。色んなものを見て色んなものを食べたりすると思考が変わるから。次の日に同じ話をしても全然違う反応になる。
それから、質問をするときの心得としては相手の話の中のさらに奥をもっと聞きたいというような質問でいかないといけない。よくみんなが失敗するのは、相手の話の途中で相手の話をひっくり返す質問をしてしまうの。
否定をしているわけではないんだけれど、その質問はさらにその奥を知りたいという質問ではない質問を無意識でしてしまうときがある。人間関係を悪くしてしまう。相手が話している内容をもっと深く知りたいから質問をすると人は好感を持つの。」
年美さん:「そういう事を気にすると人間関係が良くなりますね。」
先生:「そういう事。質問上手はやっぱり会話上手だからね。お釈迦様はすごく質問上手で『あなたの言われた”それ”はどういう意味ですか?』とかどんどん追求していって、『さらにそれはどういう意味ですか?』ってどんどん深い質問をしていった結果『じゃぁ、そろそろ貴方にはそれはいらないんじゃないですか?』って言って、その質問の中で相手が煩悩を手放していくというのがたくさんあるの。シビれるよ
」
年美さん:「それは先生もされますよね?だからいつも先生の質問力はすごいなって思うんです。それができるのは質問する先に先生は目的があるからですか?」
先生:「まず大きく2つに分けてどっちかな?ってみる。それは何かというと
解決すべき問題であるか。
ただ単なる妄想であるか。
妄想って問題があるように見えるけど問題がないの。
問題というのは解くためにあるの。
問題には必ず答えがあって、その答えに行き着くルートを学ぶために問題が起きているの。つまり、問題というのは解決できるから問題として起きているので、そこに行き着くルートをその方が見えていないだけでその問題をその人が人生の問題として起きてきたなら必ず解決できる。
その解決策というのはその人の心の中にしかないから『その時はどう思ったの?』『その時どう感じたの?』って、少しづつ道中の数式を仕上げていくという感じ。
ここから宗教家っぽい話をすると、やっぱりこの世の中にカウンセラーが多くいる中で私との縁が今繋がったという事はすごい事だと思うの。私の奥底にはこの人が居た
って思う。そこは切り離れていないわけ。今までは遠くにいたの。いよいよ私の目の前に来たという事は、その方に内包されている苦しみが私の中に共通して繋がっているんだなと思うの。
私じゃないと掘り下げられないはずと思っているの。私の中のものだから。私が掘り下げる。掘り下げて『だったらこういう考えもできるよね?』っていうのは私の中にあるもので、そうするとスルスルと問題が解けていくの。」
先生の質問力の源がわかったところで終わります![]()
今日驚いたのは「何をいったらいいんだろう?」は心の声ではないという事。心の中の声だと思っていました。こんな事を言ったら相手に変に思われるとか嫌われるとか思う前に、「何を言ったらいいんだろう?」しか浮かばなかったのですが、どうやらその奥に本当の心の声があるようですね。今まで表面的な「何を言ったらいいんだろう?」しか気づかなかったので本当の自分の気持ちを放置してましたね。恐ろしい事をしていました![]()
解けない問題はないというのも力強い言葉だと思います。あと問題と妄想の区別もすごいです。今過去を振り返ると私の場合問題は何一つなく妄想だけですね。両親のことも過去のことなので問題ではなく妄想ですからね。そんな無駄なことに時間を費やしていたのかと思うと自分は残念な人だなぁと思います。よっぽど退屈だったんでしょうね。
今日はこれから大阪にいって、れい子さんと規子さんと先生3人のお話会に行ってきます
楽しみです![]()