瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
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私たちが原始時代に生きていたらどう思うんでしょう?
先生:「例えば私たちが原始時代に住んでいたとするでしょ?のんが峠の向こうに住んでいるの。私がそこにのんが住んでいることを知っているから行こうとしたとするじゃない?いざのんの所に出かけるわけ。ところが、山を越え谷を越えないといけない。杖をつきながら一生懸命草木を切り伐採しながら行くわけ。」
年美さん:「すごい大変そう
」
先生:「確かあそこがのんの家だって思って何ヶ月もかけていくわけ。10ヶ月かかったとする。でも昔ってそうよね?手紙を一通届けるにもそうだったものね。旅の途中にカフェがあるわけでもないからその辺で弓矢を作って野鳥をとって火を起こして食べて川まで辿り着いたら水を飲みながら10ヶ月かかってのんの家に行ったとします。これは当然100%自力でのんの家に行ったの。」
二人:「はい。」
先生:「のんに会った後はまた野鳥をとりながらまた10ヶ月かけて家に自力で帰るわけ。その三年後くらいにまたのんの家に行こうと思って、また私がのんの所に行くわけ。その3年間の間にいろんな人が山を越えたわけ。なんとなく足跡で道ができていて歩き易かったの。そうしたら今度は水が溜まるようにどなたかが水を溜めておけるようにしてくださったの。”わざわざ川まで降りないで良かった”って思いながらのんの家までたどり着きました。98%自力で行った。2%はどなたかのお陰で楽していけたわけ。
このパーセントを下げていくという感覚を今からお話をしようと思うの。
もう一回二年後にのんの家に行こうと思ったとします。前は誰かが歩いた跡があって歩き易かった道が今度は今度は舗装されていたの。今度は途中で茶屋もあった。そこで休憩できて疲れが定期的に癒せた。歩いていてしんどいなぁと思っていたら籠屋が来て楽にのんの家に行く事ができたの。
1回目にのんの家に行ったときは100%の自力で行って10ヶ月かかりました。今回はなんと2ヶ月で行けた。途中で休憩もできて籠屋に乗って行けた。単純計算をして80%は他人のお陰様。つまり他力が80%自力が20%。一番最初は自力が100%で他力が0%。けれども段々と茶屋ができて宿屋ができて籠屋もできて自力というパーセントが段々と減ってきて他力によって自分達はもたらせれているというこの数字の逆転が起きた時に人はお陰様が見え出すの。」
二人:「![]()
![]()
」
先生:「よく考えて。今こうやってラジオを通じて皆さんにお話をしています。話を聞いてくださっているリスナーの方が”今日も先生のおかげでラジオを聴けている”と思っていたら大間違い。今それは何で聞いていますか?って。」
二人:「なるほど
」
先生:「スマートフォンですか?PC?それって誰が開発したんですか?このスタジオは?私が喋っている声が電波になって届いている。どんな仕組みなの?一体どうなっているんだろう?今服を着ているけどこの服の布はどうなっているの?」
年美さん:「考え出したらいっぱいありますね。」
先生:「ついうっかり我々って自力で生きていると思うけど自力って0.0000000001%しかないの。後は他力のお陰様なの。全部そうなの。今持っているもので自分で作ったものある?」
二人:「ないです
」
今日はもう眠くなったのでこの辺で![]()
この頃堕落してきまして仕事のない休日は寝坊するといいますか、朝早起きできなくなりましてついつい色んなことを後回しにするようになってしまいました。今日は月に一度の先生の勉強会で頭をフル回転した後に法友とお酒を飲みいい具合に酔っています。誤字脱字があって読みづらかったらごめんなさい。雰囲気で呼んでください。
今日のお話は今ならわかりますが、仏教を学ぶ前だったら自力で稼いだお金で物を買ったりしているんだからいいじゃない。例え私が一から作っていなかったとしてもお金払っているんだから私のお陰であって何を感謝しなきゃいけないの?と思っていたので、全く先生の言っている事がわからなかったというか、綺麗事言っているなぁくらいしか思わなかったと思います。それが”本当にそうだなぁ”と思えているのが不思議です。何がきっかけで”そうだなぁ”と思っているんだろう?きっとお酒のせいですかね?
明日は朝が早いので早く寝たいと思います。では、おやすみなさい![]()