瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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『でも』のお話の続きです。

 

 

先生:「こういうほんの少しの気遣いなんだけれども、そういう事で私たちは幸せになったり自己否定の人生になる。こんな事で良さそうよ。」

 

 

年美さん:「そういう方を先生がでもね星人って仰っていましたが、でもね星人の人はなかなか幸せになれないって事ですね。」

 

 

先生:「そういう事なんですよ。そのあとに一生懸命ポジティブな事を言っても、でもねって言ってしまう事で一旦マイナスにしてしまう。1:3の法則で1つネガティヴなことはOKなんだけど心から幸せだと感じる人生にはなれないの。

 

こんな些細な事で人生がガラリと変わってしまう。そういう事にもっと私たちって敏感にならないといけない。ないがしろにしすぎ。小さなところに本物の幸せがある事をないがしろにしすぎ。何かもっと大きなものを得えたり、大きな変化がきたり、大きなご縁がきたり、何かの出来事がないと幸せになれないって思っているんだけどそうじゃないのって思うの。そうじゃないから平等なの。

 

私も一人でいる時にネガティヴな事を言ってしまう。『なんかめんどくさくなって来たえー』とかね。自分でネガティブな事を1つ言った時に、3つ幸せな事を言ったほうがいいって思うのね。その前に『なんちゃって音譜』って魔法の言葉を言うの。」

 

 

年美さん:「私も魔法の言葉よく使います。」

 

 

先生:「一番最後の言葉をポジティブな言葉で括ればALL OKなの。」

 

 

二人:「びっくり」

 

 

先生:「お釈迦様の教えの中でこういう表現ではなかったけれど、仏教は言葉に重きをおいていないの。言葉というのは心の現れだから。心が本当にどう思っているかが大事。それを言語にしようと思っても限界がある。言葉ほど未完成なコミュニティの方法はないの。

 

コミュニケーションの一番最後の一行がポジティブつまり苦楽の楽の会話で括れば、これまでの色んな道中があって初めてこの楽に気づいたんだってなる。人生の歩みと同じような形になるの。死ぬ時のラストの言葉って人生の象徴でしょ?最後の一行を絶対に幸せで締めくくると、その道中で喋ってしまった色んな悪しき言葉とかが、全てこの良き事を生むために必要な過程であったとしてALL OKに切り替わるの。だから最後の一行に命をかけろ!!」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

今日は寝坊をしてしまったの夜の時間になりました汗

最後の一行なんですね。なるほど。。。私の話す内容を振り返ってみるとまだまだネガティブというかその時目についた欠点を話して会話が終わっていますね。だから話の盛り上がらない事。法友と話をしている時は盛り上がるんですが、法友以外の人との話がまずますできなくなってきていてびっくりしています。

 

他人が楽しいとか面白いと思う所と私が楽しいと思っている場所が違うんですよね。これってどうしたらいいんでしょうね。お釈迦様に質問したお弟子さんいらっしゃらないかなぁ。今度先生にお会いしたら質問してみたいと思います。まだ夜も早いですが眠いので寝ることにします。