仏教的な成功と一般的なの成功の違いのお話です。
先生:「娑婆的にいう成功と仏教的にいう成功の違うについてのご相談がとても多いいの。他人から『あなたは成功できないですよ。だからコツコツ生きなさい』って言われた人が沢山いらっしゃる。そういう方から成功ってなんなの?って受けるの。
明らかに仏教的な成功と西洋学的な成功は全く違くて、仏教的な成功を知るとやめられなくなる。西洋学的な成功をわかりやすくいうと収入。でも一体幾らかが成功なのかの定義がないよね?お金がなくても広大な畑を所有していてそこに一個500円のフルーツが実る。それが成功と言ったら成功かもしれない。娑婆でいう成功はお金の方に向いた成功なのよね。」
美千子さん:「そうですね。」
先生:「例えば高級外車を自宅に5台持っているとなると成功しているように思うかもしれない。車を何台持っていようが別荘を持っていようが仏教の成功者は違う概念なの。
それは何かというと、どういう状態が本当の幸せであるかということを気づいた事を成功という。絶対的な因果の法則を獲得をして自分の人生に因果の法則をきちんと起き据える事ができた状態の人を成功者というわけ。」
美千子さん:「
」
先生:「ちょっとムカついた事があった時に『なんなのよ
』って言いたくなるけれども、そうじゃなくて『なんかごめんなさいね。欲張ってしまって』とか、一歩引けた人。そういう人って心地がいいのよね。そういう心地よさ”あぁ気持ちがいい、ホッとしている”という事を全ての判断の後に感じられる判断をできるようになった人たちの事を成功者と仏教は言っている。」
美千子さん:「仏教がいう成功者って少ないですよね?」
先生:「そう。すごく少ない。そういう意味では私もまだ成功者じゃない。」
美千子さん:「それだけ難しいという事ですね。」
先生:「やっぱり慣れ親しんだ思考に戻りたくなる。だから娑婆的な成功はわかりやすくて形があるもの、物質的なものに特化しているけれども、仏教的成功はそんな事は全然関係ない。もちろんお金がなかったら生きてはいけない社会を作ったのは事実。けれども、ほとんどの方が冗談だと思っているかもしれないけれど、お金がなくなったら私が説法を説いてみんなのご自宅にお世話になるリレーをしていこうと思っているの。
今の結果は自分が覚えていないかもしれないけれど、自分が蒔いた種によって得た結果。だから、なんでこんな結果にならなきゃいけないの
っていうのは間違えね。だって自分が蒔いた種なんだから。こういう結果を得てしまう原因を自分が蒔いていた。これは大変。いかに過去の判断が間違えていたのか。なんと愚かな決断をしていたのかという事をやっと気づけた。
だから、今日からその決断をしないようにしよう。なんとありがたいチャンスだみたいに考える。望ましくない事が起きてもそれを望ましい次の原因に切り替えて考えていくことは、本当に因果の法則を熟知した人ができる技なの。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
仏教的成功者と娑婆的成功者。どちらも私にとっては難しいというか自分にできるのだろうか?と自分を疑ってしまう。仏教的成功者と言えないのかも知れないが、ニュースでみんなに奢られて生きているという若い男性の特集をしていた。その人はSNSをしていてその収益だけでも年収1000万ほどになるらしいが、みんな彼に奢りたくなるそうだ。本当に様々な職業で老若男女いらっしゃるらしい。
そのニュースを読んですごい世の中になったものだと思った。相手の需要を満たして食べていく。お金の稼ぎ方にもいろんなやり方が出てきた。きっと彼に奢る人は話を聞いて欲しい人なんだろうなぁとニュースを読んで感じた。以前の私なら、彼のようにお金を手に入れれるようになるにはどうしたらいいんだろう?と分析をしていたと思うが今はそんな事をしていない。どちらかというと彼ではなく彼にお金を払っている人の方に興味がある。これも自分が変わってきたなぁと思う。
まだ仏教的成功者じゃないと先生は仰っていたが、仏教的成功者の方は一体どんな表情でどんなあり方をされているんだろう?死ぬ前に一度お会いして見たいなぁと思いました。