瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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昨日の周りの方の死についての続きからです。
先生:「例えばテレビで50代男性が鉄柱事故でお亡くなりになりましたってニュースを聞いても、その男性を知らなければ”かわいそうに、、、”って思うくらいだけど、もしその男性を知っていたらテレビの前で呆然とするでしょ?
今まで重々しいと思っていたテーマに関して仏教はそこに重きを置いてないからね。人は生まれたからには亡くなる。それは当然。自然の摂理であって大自然の流れ。諸行無常であってそれを、私の友達がとか私のあの人っていうけれども、そもそも私というものもない。諸法無我といって自分の実体すらない。だからあの人という実体すらない。でも今はたまたまあなたと私という縁があったけれどそれも諸行無常、命も諸行無常なの。
我々が本当に悲しむはずのテーマを仏教はさらりと流しているからね。こうやって新しく年が明けるという事は命を返上する時間にどんどん近づいていっているという事。あなたは人生の列車に乗っていて、車掌から『あなたは次の駅で降りてください』って言われてしまう。言われないと逆に怖いしね。
年が明けるという事は死が近づくという事だからね。その事に対して背を向けないでその事を堂々と受け止める。1つのエネルギーのあり方の節目としてあり方が変わるというだけであって、節目が変わったという程度の受け取り方。その節目というか境界線というのは全員バラバラというのがすごくない?」
年美さん:「すごいです。」
先生:「この娑婆の世界も現地集合現地解散。各々の地球ビザの期間があるからね。」
規子さん:「そのビザの期限はわからないですものね。」
先生:「そうね。その期限はご本人も誰も知らないからね。でも必ず地球ビザは切れる。」
年美さん:「だからいつなってもいいようにしておかないとダメなんですよね。」
先生:「そういう事なの。だから家はいつも綺麗にしておかないとダメね。普段扉を閉めている中ほど綺麗にしておかないとダメよ。」
年美さん:「死ぬ瞬間にそれが頭によぎるかもしれませんね
」
区切りがいいのでこの辺で![]()
やっぱり諸法無我がよくわかりません。自分の実体がないと言われてもあるし、あの人の実体すらないと言われても私には実体があるように見える。その実体に触れるし会話する事もできる。きっと私が思っているような事をいっているわけではないのはわかるのですが、想像力が乏しい私はどうしても現実的に物事を見てしまう。。。
命も諸行無常と仰っっていましたが、これを理解できているかどうかで悲しみにずっと囚われてしまうのか、囚われたとしても抜け出して自分の命の諸行無常と向き合うのかが変わってくるように思います。
私個人的には、命のことより今の仕事がどうなるかの方が気になっています。まぁ、仕事も諸行無常なので変化があるとわかっているのであまり気にしてません。仏教を習っていなかったら今頃悲劇のヒロインのようになっていて、友達みんなに愚痴を言いふらしているんだろうなぁと思います。そこも変わってきたような気がした朝でした![]()