瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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流される事が一番楽というお話の続きです。

 

 

 

先生:「みんなそれぞれ流れがあってそこのピースにちゃんとハマっていけばもっともなる自分の喜びになるの。でも、人のピースを見て『私もああなりたいショボーン』とか、違う人の何かを見てあの方がいいって言うけれど、あの人はあの役割でいい。あなたは違う役割なの。

 

私もあれがいいプンプンって、ジクソーパズルに同じピースが2つあったら大変じゃない?みんなそれぞれに役割を行なった方が本来最も豊かな気持ちになれる。そこの役割に行けるように流れがある。でも、みんなは今言ったみたいに他の人のを見てあれがいいとか、もっと自分はこれがいいとか言う。

 

そんな事をしたらピースが合わなくなる。もし、そうなったら寂しくなるよ。自分に合うピースのところに行くには流れに乗ると辿り着くようになっているらしい。」

 

 

年美さん:「やっぱりそうなんですね。」

 

 

先生:「素晴らしい!!年美ちゃん大正解拍手

 

 

年美さん:「その流されていくというのは求められている事をそのまま乗っちゃうという事でいいんですか?」

 

 

先生:「いいんです。そういう事です。『大自然の流れを自分で切り開いた!自分の力で成功した!』っていう人がいるけど、大自然の流れを変えれますか?って。元々そういう流れがあったの。それを自分でやったと思うのか、どなたかが運んでくれたと思うのか。人は2つに分かれると思う。

 

やっぱり私たちはそのまま目の前にある事に関して、”今日はこんなのが来たわ。ビックリびっくり”って言いながら、流れに乗っていくうちに自分が最も素晴らしいとされているところにピタッと収まるようになっているの。その後死ぬんだろうね。あー面白かったっていう感じで、自分の役割を果たしてきっと死ぬのよ。この流れの経路はドラマチックで面白かったって、自分は命の床座施をして肉体を手放す。

 

年美ちゃん素晴らしいビックリマークお悟りになられた拍手

 

 

年美さん:「1つ悟りましたOK

 

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

死ぬ人はみんな自分の役割を果たして死ねるのだろうか?殺されてしまう様な人もそういう流れのまま死ぬときは楽しかったと思いながら死んでいくのだろうか?いつもこういう話を聞くと私から見て不慮の死を遂げていると思われる人の事を考えてしまう。全く無意味な事に囚われているなぁと思う。先生が以前、どうすることも出来ないことを考えている時人は悩むと仰っていたが本当にそうだと思う。

 

さて、今日は仕事納め。納会でみんな笑顔で「来年もよろしくお願いします。」と笑顔で歓談しているのに、一人笑顔が引きつっている私がいる。昨日取締役と話をして退職ではなく部署異動でどうか?との提案を頂いた。正直転職活動をまたしなければいけないので大変だなぁと思っていたので渡りに船だとは思うが、その部署は残業が多く時間も拘束されるのでどうしようかと悩み中。悩めるだけ幸せ者だなぁと思う。

 

それから、私は本当に納会の様なものが苦手。きっとみんなも私が苦手なのがわかるのだろう。誰も近寄ってこない。近寄りづらいオーラをいまだに発しているんだなぁと思い、まだまだ修行だなと痛感。先生のお勉強会にいらしている人は、みんなフレンドリーで話題豊富な方が多い。元々の人柄がそうなんだろうと思うが、皆さんの様に朗らかで話しかけられやすい人になりたいなぁと思った今日でしたバイバイ