瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
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ご相談の続きからです。
先生:「私は強くないんです。むしろ弱い。」
全員:「・・・」
先生:「あら?どちらかというとむしろ弱いので、だから仏教を学んで実践しているわけ。だから私は何も勉強しなくて何も実践しない人ほど強い人はいないなって思うの。でも、私は弱い事を知っているから、だからちゃんと学んで実践をして人生を自分なりに向上させようとしているの。それは私は弱いから。
何も教えを知らずに何か人から言われたら傷ついたり人の幸せを見たら嫉妬したり悲しくなったりするもの。だから、私は弱い事を知っているから学んで学んで実践しているの。
だから『先生はそんなに強くていいですね。』っていうのは違うのよ。私は弱い事を知って仏教を学んでいるうちに強くなったのではないの。強い弱いの意味づけもいらない。真実を知ったというだけ。」
年美さん:「なるほど。。。」
先生:「瀧本のことをすごく絶賛してくれているんだけれども、バッサリとこの方の意見を切るようですけど私は強くなく弱いんです。仏教を学んでいるから心がこうなった時はこの心で行こうとか、こういう出来事に出会った時にはやっぱりこうだからこうしようとか、心の波に引きづられない心を選ぶ力がある。選べる権利がある。その選んだものが人生になるなら自分で好ましい心を選んでいかなければいけない。そういう事を学んで実践しているから私が強く見えるのかもしれない。
仕事がなくなる恐れがある。これは現実的よね。その方達に声を大にして言いたい。もちろん私も一人で生きているのでわかる。すごくよくわかる。私自身もそう。食べていけなくなるかもしれない。それは誰にでも平等に降りかかる事。けれど、現実を見て欲しいの。
この方は現実的に歳をどんどん取っていくし仕事がなくなるかもしれないと言っているけれど現実を見て欲しいの。今まで周りの人やお友達に餓死した人いる?」
全員:「いないですね。」
先生:「絶対にいない。絶対食べてる。この恵ある日本に生まれているからだけど餓死した人が友達の中にいますか?仕事は一回求人広告を見て欲しい。どれだけ仕事がありますか?」
年美さん:「選ぶからないって思っちゃいますね。選ばなかったらいっぱいありますね。」
先生:「不安で見えてないのよね。今目の前でやっている仕事がなくなったら食べていけないとそこまで視野が狭くなっている。もし、今の仕事でクビになったら違う仕事に就けばいいだけじゃないですか?って思う。本当に求人広告を一回見てって思う。年齢制限なんて70歳くらいまでのお仕事なんてたくさんある。本当に山ほど仕事がある。それにこれからどんどん人口が減っていくから仕事がどんどん余る。だから現実を見てください。たくさんのお仕事がありますよ。」
今日は区切りがいいのでこの辺で![]()
この方のご相談をお借りして私の悩みの話をすると、確かに先生が仰ることはものすごくわかる。”でも”って心が反発してしてしまう。派遣で仕事をしていたりするとある程度のキャリアがあれば別だが、年齢が上になればあまりいい環境の仕事が回ってこなくなる。みんな歳が若い方が素直に仕事をしてくれる、または覚えが早いし頼みやすいというのがあるからだ。
それに、求人がたくさん出ているのも知っている。そして、生活に余裕が出るお給料で働くには彼らが求めているスキルが必要になる。私にはそのスキルがないので、多くの方ができる軽作業が仕事になったりする。すると時給が安いので毎日ギリギリの生活となる。
確かに食べてはいける。500円以内で食べれるところは都心であればたくさんある。でも、きっとこの方が言う食べれなくなると言うのは、今の食生活を維持または向上することができないと言うことのような気がする。そして、肉体労働なので体が動けなくなったら収入が入ってこないので食べてもいけないし、賃貸だから家賃も払えなくなって住むところなくなってしまう。。。と以前の私は不安になっていた。
そして、さらに以前の私はこの次の思考として、私に何か特別な才能があればいいのに。。。と考える。小学生から思っていることだ。ここで先生と私が違うところは、先生は何かをできるまでやり私は出来ない事は出来ないと諦めてしまった事だ。だから特別な才能が今もない。もしくはないと思っている。
そこで以前の私はイライラしたり世の中全体を憎んだりした。そもそも才能があるようになぜ生まれなかったんだ!と訳の分からない怒りを世の中にぶつけていた。この方はそうではなく自分を嘆いていらっしゃるように見えるのでそれがすごいなぁと感じる。きっと心根が優しい人なんでしょうね。