瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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ABC理論の続きです。

 

 

 

先生:「じゃぁ、彼女に手伝ってあげてほしいの。出来事としては夫が女装していた。彼女の出来事の受け取り方は私は不幸だ。やめてほしいという解釈をした。無責任の方が大胆な意見が言えるからね。」

 

 

美千子さん:「すごく旦那さんは真面目な方なんですよね?」

 

 

先生:「そうみたいよ。」

 

 

美千子さん:「だったらガス抜きができるところがあって良かった。もしなかったらガス抜きができなくて仕事一辺倒で悩みすぎちゃうとかですかね。」

 

 

規子さん:「仕事以外の趣味があって良かったなって思います。」

 

 

年美さん:「面白いニコニコこんな一面があったんだビックリマークって思いたいですね。思うようにしようとしてそこから引っ張ってこようとします。面白いという捉え方でいこうと決めていろんなものを引っ張ってきたいなって思います。」

 

 

先生:「私もそっちだと思う。ある意味女性に憧れているわけじゃない?自分が本当に女性になりたいっていう事ではなく、今の気分を変えるのには女装するという事を楽しんでいるのであれば女性に対する憧れがあるわけでしょ?こっちは生まれて50年以上女なわけよ。大先輩よ。なら教えてあげましょう音譜って、共通の趣味にできるよね?」

 

 

規子さん:「一緒に楽しめたらいいですよね。」

 

 

先生:「化粧下手ねニコニコそうするんじゃないのよ音譜とかね。」

 

 

年美さん:「一緒に完成させていくんですね。」

 

 

先生:「そう。一緒に楽しんでこっちが教えてあげるくらい。Aの出来事は夫が女装が趣味だった。Bの受け取り方は共通の趣味ができちゃった。それに応じる感情が夫から親友になったみたいかな?」

 

 

年美さん:「今思ったんですけど、私だったら自分の人生にこんなに面白い事が起きるんだ!って考えるところから始めます。」

 

 

先生:「そうね。それを受け入れたら本当に幸せな夫婦じゃない?」

 

 

年美さん:「それを始めるならまず引越しするかな?」

 

 

先生:「私も引越しするわ。全然知らない土地から始めるといいよね。新しいところで主人は女装が趣味なんですってところから始めるといいですよね。引っ越した方がいいね。人の目は気になるよね?」

 

 

年美さん:「昔から住んでいるところでは人の目が気になりますね。ご主人を受け入れたとしても周りの方の目が気になると思います。周りでコソコソ噂されてるんじゃないかな?とか、そういう事が気になるんだと思います。」

 

 

先生:「この方のご相談はとても深刻なお悩みだと思うの。今私が福の神と貧乏神の姉妹の話をしたでしょ?この話を私は必ずするの。もちろんそれ以外の方でも、今の現状が変化できなくてダメだって思っている方にも、その現状があってこそあなたの気に入っている現象もあるんじゃないですか?という話をするときに、この姉妹のお話をするんだけれども、これは非常に納得がいく話だよね?福の神は貧乏神がいて初めて存在できる神の名前である。

 

確かにそうだなぁって思う。福の神だけ残ってほしいというそんな事ができるわけがない。あれがあるからこれがある。双方の関係性。1つだけだと実態がない。貧乏神がいるから福の神がいる。福の神だけって存在し得ない。貧乏神がいるから存在できるんだけれどもそれだけだと存在し得ない。この概念を空っていうの。

 

空というのは存在しているけど存在していない。存在していないんだけど存在しているという言い方なの。この1文の空の概念は難しいけれど今の話を用いるとわかるよね?あるんだけない。ないんだけどある。」

 

 

年美さん:「私もそうですよね?みんながいるから私が存在している。」

 

 

先生:「そう。みんながいなかったら私は存在しない。話が難しくなってきたのでこの辺で一曲バイバイ

 

 

 

ブログを見直してビックリびっくり

自分の感想を書いていないなんて!!このブログは金曜日に書いたものですが、翌日の私がブログを読み直して感想を書いていないのに気が付いて翌日の私が書いています。私の記憶の中では昨日書いているのに。。。

 

本当にびっくりする。仕事でもビックリするようなミスが続いているので病気なのかな?って思うくらい。脳の検査に行ったほうがいいのかしら?ミスがすごく多くなっているので今すごく自分の行動に対して自信がなくなってきつつあります。いや、元からミスが多かったけど周りの人がフォローしてくれていたのかもしれない。。。

 

病気にしろ病気でないにしろ、この信じられない自分の行動やミスに対してどう解釈をしたらいいのだろう?今までの私なら自分はダメだ消えてしまいたいと思ったけど、これが老いるという事なんだろうか。今までできた事が出来なくなる。福の神と貧乏神のお話のように、ミスがなかった自分だけ受け入れたいというのは都合のいい事なのかもしれない。本当はミスが多い人だったのかもしれない。

 

そういえば自分がびっくりするようなミスをするようになって、人に対して怒らなくなったような気がする。心が豊かになったんだろうか?もしそうだとするなら、ミスはすごい副産物を与えてくれたような気がする。本当はミスをしない人になりたいんじゃな買ったのかもしれない。ミスをした人に対してイライラするのではなくて、フォローできる人になりたかったのかもしれない。だとするとその願望は自分がミスする人になったおかげで達成できた気がする。

 

自分の自信を下げずにこう思えるようになったのも先生のお陰ですねチョキ