瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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今週は年美さんの過去ノートに書かれていたお話からスタートです。

 

 

 

年美さん:「ラジオがある前の日に過去のノートを見るんですけど、その時にもう一度先生にお話してもらいたいなぁと思うことがあったんです。昔勉強した時に驚いた法則があって、それが何かというと先生がラジオだからこの棒と言ってもわからないと思うんですが棒の長さは何でもいいのでイメージして欲しいんですけど、『この棒が長いか短いかわかる?』って聞かれたんです。

 

その時に自分の感覚で”短い?長い?”と思っていたんですけど、それよりも長い棒を横に置かれて『この時点でこの棒は短くなったでしょ?』って仰ったんです。その時に”びっくりびっくりびっくり”って思ったんです。

 

その時に初めて私たちというのは誰かがいるから私という事になっているけど、人と比べるというのはこういう事なんだとか、色んなことが頭に巡って、これは面白い法則だなぁってすごく思ったんです。それがたまたま文章で出てきたんです。もう一度先生にこの相対性のこと、お釈迦様が見つけた法則だと思うのでもう一度お話しして欲しいと思ったんです。」

 

 

 

先生:「この比較の原理というのは、これをお釈迦様がどういうタイミングで説かれたかというと、人が苦しんでいる理由は何かということでこのお話をされたの。木の枝で大地に線を引いて『この大地に引いた線を手を触れないで短くしろ』とお話しされたのがスタートなの。

 

普通は砂かけてその線を消すとか、手でその線を半分消すとか思いつくけれども、手を触れないで短くするってどういうこと?ってみんなが考えていたら、そこへ違う修行僧が来て『では私がやります』と言って横に長い線を書いたの。これで短くなったということなんだけど、これをどのタイミングで言われたかというと「これが汝の心である。あなたの心が誰と比べてどうなのか。暮らしが豊かなのか貧しいのか。どれを見て言っている?その捉える対象物が変わった瞬間に自分の立場が変わっているのだ。』と仰ったわけ。

 

自分というのもが自分の中でもコロコロ変わっている。それはあなたが比較する時の心によって見るものが違うから、例えばお金持ちを見たら”あぁ私ってどうしてこんなに貧しいんだろうショボーン1日2食しか食べられないえーん”と思うけど、1日1食の方を見ると”私は2食も食べれるチョキ”となる。

 

豊かにも貧しくもなる。苦しみというのはどこから生まれるかというと比較の原理から生まれる。だからあるがままを見るということを心に養うと苦しみが消える。では、あるがままを見るとはどういう事?」

 

 

年美さん:「その大地に書いた線は30センチくらいだなぁとかですか?」

 

 

先生:「そう。その線は10センチ。その線を見たときの感覚の次に走ってくる第二の矢は意味付けをするからね。あ!お茶だ。ぬるいとか、ぬるいお茶ってどれと比べてぬるいお茶って言っていますか?もし熱湯と比べたらぬるいじゃなくて冷たいかもしれない。だから、この第二の矢は比較の原理で意味づけをしているからだから一つ手前で止める。」

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

この第二の矢のお話は何度も何度も先生から伺ったことがある。先生のお話の前にも本やセミナーなどでも聞いた。話されている内容は日本語なので音としてはわかるが、正直全く共感できなかった。つまり理解できていなかった。ラジオを聞いている時も”そうだよねー”と思いながら聞いていたが、ブログに書いている途中に”なるほど”と少しわかったような気がする。

 

今転職をして色々先輩から引き継ぎを受けなければいけないのだがなかなか引き継ぎがうまく行われない。行われないものだからいつまで経っても業務上必要な知識が増えない。すると私はどう思うか。ここに居場所はない私はクビになるといつも思ってしまう。これはどうしたものかと思っていたのだが、なぜそう思うかというと先輩の知識と自分を比べているから。まだ入社して2ヶ月も経っていないので仕方ない。

 

ただ知識と経験を増やせばいいだけなのに、いつも私は期待に応じれないとか不要な人間だという結論に苦しめられる。これは前職の時もそうだったので、この考えはどうやら私の癖のようだ。

 

3連休が終わって今日から会社スタート。自分の感情がどうなるのか楽しみながら仕事をしたいと思いますニコニコ