瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
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まず自分の状況を受け入れる。その後のお話からです。
先生:「今お金がきついから帰るね
また明日どんな話をしたか教えてね
って言えるということが、今にOKを出していることだよね?今の自分の心にOKを出している心の状態から次何をしようかなと見えるものというのは正しいことが見える。けれども、誤魔化そうとしたり、違う言い方をしたりとか、その偽っている心で次どうしようかな?と考えても、どうも望ましい方向に行かない提案が出てくる。
仏教では安心と書いてアンジンと読むんだけど、マイナス志向とプラス思考のちょうどど真ん中が仏教では安心の領域というけれども、この安心の領域ってつまり安心している状況。自分に対しての不安に対して怒りを持っていない状況。その心から今後どうしようかな?と見ることはすごく今後に繋がる事が見えるだろうなって思う。だから、私がお金がなくなったらすぐ言うから。『お金なくなっちゃった
ご飯たべれないんだけど
』って。」
年美さん:「みんながそうさせないと思います。」
先生:「でも、本当にそうだと思うのね。かっこいい事かと言われるとかっこいい事ではないけれども、現実に起きている事だからね。それに対して友達の付き合いにいけないと言うのなら『私はお金がないから行けない。今から楽しんできて。楽しかった内容全部教えてね』って。ここに双方なんのわだかまりもないじゃない?
私の友達が『どんな話があったか絶対教えてね』って言っていた人がいるの。途中で私も忙しくなったし、その人も引越しをしたから違う近所の方との交流になったのよね。たまにメールした時に『まだお金ないよー
』って明るく言うんだけど、それが2年前かな?その人に久々に会ったの。
すごく雰囲気変わってて『どうしたの?』って聞いたの。それは、すっごい素敵な着物を着ていたの。普段着から着物
前同じTシャツだったのに![]()
何が起きたかというと、新しい引越し先でもパートしてたの。パート先で知り合った人達とランチに行ったりするじゃない?それも全部断ってた。次の日に職場で会うから『このお料理美味しかったでしょう
』とか明るく楽しく話すの。そうするとみんなも『本当に美味しかったから、今度一緒に行きましょう
』って。『私は当分行けないからいいわ
』っていう話を、そんなに明るくあっけらかんと言うから、そこにいた職場のお友達が『あなたにお金がないのはわかった。私たち一緒に話したいから、一品持ち寄りであなたの家でみんなで何か食べようよ。』っていう事になったの。
その人は一人暮らしをしているわけ。誰かの家に行くとかになったら、また交通費かかるからあなたの家に行こうって、パートの後に集まって楽しくおしゃべりしていた。そうしたら、その人の小さな家に行ったら、普段見慣れないものがたくさん置いてある。『これ何なの?』と聞いたら『これはお茶を点てる道具よ。お茶を点てたことないの?』って言ったの。『え?お茶を点てるの?』『そうなの。昔からの私の趣味なの。お抹茶は美味しいのよ。点ててあげようか?』っていうことになったの。
彼女はちゃんとした所作を全部知っているわけ。そんなことをしていると、ボロボロだけどちゃんと着物を着てお茶を点ててあげるっていう事になって、着物をパパッと着たの。それも羨望の眼差しでみんな見てるの。
『あれ?いつも同じTシャツ着ている人じゃなかったの
』って。着物を着てちゃんとお茶を点てて出してあげたの。すると『今度和菓子持ってくるね!』って。『次はトータルで所作教えて』っていう事になって、そのパート先の友達が『お茶の先生に和菓子を持っていくの』とその友達に言うと『私も行きたい
』ってなって、そのお友達がお友達を連れてきて部屋に入らないからって、外の会議室を借りたらしい。」
全員:「![]()
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」
先生:「それで最初のミニ講座の参加費が2000円だったらしくて、それが定例化してそれがお教室になって、今弟子が70人いるって
」
全員:「す、すごい
」
先生:「すごいでしょ?70人の弟子ってどういう事?月謝が6000円の70人だからすごい金額でしょ?十分。『だから本当にありがたくてね』って。まだ家はその小さな家に住んでいるみたい。ここにみんなを招いた事が私の出発地点だから今は引っ越さないって言ってたの。」
全員:「ステキ
」
先生:「すごく感動したの。何なのかというと今の自分のOKを出していて素直なの。今お金がないという事に対していじけたり、誤魔化したり、違う理由で避けてみたり、そういうのではなくてそこをOKとして、その場を楽しまれた方のお話を後から聞いてその楽しみを横取りしちゃうみたいなこの生き様ができると結構うまいこと人生が行くと思っているの。」
今日は区切りがいいのでこの辺で![]()
私が小学生の頃、友達は友達同士で遊園地に行けるのに私の家はお金がないのと、私に信用がないという事で行けなかったのを思い出しながらラジオを聞いていました。遊園地に行ける友達を妬ましいと思ったし、貧乏な家に生まれた自分の不運さを嘆いたし、両親を心の底から恨みましたね。
友達が楽しそうに遊園地の話をするのを聞いて、より腹を立てていました。この方のように一緒に楽しむなんて発想は全くなく、というかこのラジオを聞くまでなかった。自分より楽しそうにしている人は不幸になればいいと思っていましたね。
今の自分は、自分が行きたくても行けなかった旅行などの話を、人が楽しそうに話している時に一緒に楽しめる人だろうか?と思うと、このラジオの方のようにそこまであっけらかんとまで聞けないような気がするので、お金がない以外にまだ何か今の自分にOKを出していないというか、認めていない部分があるんでしょうね。この場合は、自分が不幸だとか友達がいないとか家族がいないとかどういう事になるんでしょうかね?
自分が何にOKを出していないのかわかる方法ないのかなぁ。。。