瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
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仏教は売春について是非を問わない話の続きです。
先生:「是非を問わない。けれど色欲に関しては気をつけなさいとかそういう邪婬はダメだと戒めているのに風俗は仏教的にいいの?これは何でかというと、人は必ず生きていかなければいけない。生きているってどういう事かというとなのかというと働くという事が生きる事とイコールなの。
働くというのはお金を稼ぐという事ではない。役割を果たしているという事。お母さんだったらご飯を作ってあげるとか自分の役割を果たしている事。仏教は働かない事をすごく戒めているわけ。
食べていくために働く。今はお金を稼がなくては生きていけないから、働く=お金を稼ぐというようになったけど、昔だったらお金なんか全くない時代だったら働くのはお金を稼ぐためじゃなかった。実際お金を稼ぐってどのようにしてしているのか。何をする事がお金を稼ぐという事になっているのか。
これはたった2つのカテゴリーで我々は稼いでいる。1つは自分の知識をお金にしている。知識をお金と交換している。どんなことであっても。例えば、スーパーのレジのアルバイトを始めたとする。でもレジの操作ができないのであれば研修を受けてできるようになったらレジの操作の知識で時給と交換する。だから知識がなければお金は稼げない。だからその知識とお金を交換している。
あともう1つは、肉体でできることと交換するということなの。」
年美さん:「
」
先生:「スポーツ選手はすごい運動能力に長けていてとても才能がある。だからスポーツ選手としてお金を稼ぐ。絵を描く人は自分の体でできる事をやるとか、歌手は自分の体で歌を歌う事をしてお金をもらう。知識か肉体でしか稼いでいない。
モデルもそう、綺麗に体を鍛えて裸に近いようなファッションを着たりする。それが風俗となると自分の体を使ってお金と交換するというのはスポーツ選手と変わらない位置付けなの。仏教の中では。」
全員:「
」
先生:「体を使ってお金と交換している。そこに何もない。ただ、何もないんだけれどもその人が住んでいる地域や国の法律でもしも風俗とか売春が法律でダメだと定められているなら、そのダメだと言われている環境の中で住んでいるのに、みんなで決めた大きなルールを守っていないとうところに仏教は戒めが入る。」
年美さん:「なるほど。。。」
先生:「だから、そういう事がOKという国があるかもしれない。だから、肉体を男性に売ってお金と交換をするというその事自体には何の問題はないが、その行為が認められている場所に住んでいるのかどうかという事。戒めているポイントが違うの。ズバリ仏教的には肉体を売ってお金を稼ぐ事はいいじゃん
それは普通の稼ぐ手段でしょ?という感じ。もちろん色んな問題はついてくるよ。病気とか妊娠とかね。そこに関して気をつけなければいけない事の勧告は出ている。だからと言ってそれがダメだとは言ってないの。
非常に論理的な意見だなと思う。だからいけないとは言わないけれども、もしいけないとされている場所に住んでいるのなら、そこに従えないという事に対する共存と調和の生き様には厳しいよね?そこの国で生きていきたいのならそれは止めなさい。その仕事が自分の天職だと思うなら、それが認められるような国に行って全うすればいいという感じ。」
年美さん:「ルールの中でOKだったらOKという事ですよね?」
先生:「そうそう
」
今週のラジオ内容はここまでです![]()
仏教のすごく論理的な考え方がすごく好きです。頭の中がスッキリする感じがします。ラジオを聴きながら体も使えて知識もできる人はいいなぁとか思ってしまう。私の場合体もダメだし知識もない。。。どっちか1つ欲しいなぁと。でも、体で稼げるかたは元々の身体能力もあると思いますが、1つの事を継続してできる精神力があったんだろうなぁと思います。
天職して一ヶ月経ちました。毎日定時に帰れるのでビックリ。こんなに毎日早く帰れるのは20歳の時に入社した会社以来ですね。体で稼げないので、知識でより稼げるように頑張ります![]()