こんな事が思える日が、こんな風に思える瞬間が私の人生に訪れるとは思ってもみなかった。瀧本先生の法話を月一回聴き始め3年目の今年ぐらいからそう思えるようになった。最初は気の迷いかと思ったのだがそうではないようなので心境の変化を書き残そうと思う。

 

 

ただ、これも私は両親と離れて暮らしていて一人暮らしという環境だからかもしれないが、一人暮らしを始めて10年以上経つが先生に出会うまではたとえ両親が視野に入らなくても両親に対する憎しみが溢れ出ていたし、四六時中過去両親が私にしてきた忘れられない憎むべき言動を思い出してはイライラしていたのでやっぱり変わったんだと思う。

 

 

最初の頃の私のブログを読めれている方は私の両親がどんな親なのかよくわかると思う。簡単にいうと私の父も母もよく私を殴る人だった。特によく母には殴られた。理由は私の学校の成績が悪からというのが多かった気もするが理由は何でもいい。母が煮物料理をして煮物が焦げ付いて夕飯が台無しになったのも私が勉強せずテレビを見ているからだと言っては殴られた。父には高校2年ぐらいまでで、母は二十歳になるまでそんな事が続いていた。

 

 

今までその両親の暴力に腹を立てていたと思っていたが、私が一番腹を立てていたのは弟と私の態度の違いに腹を立てていたんだと、同じ子供なのに私の方が愛されていなかった事が辛かったんだなぁと思う。私は女という事もあり弟とは全く育て方が違う。例えば弟は家事をしなくてもいいし、お金がないと言っていたがなぜか弟だけ私立高校で専門学校も2つ通っていた。もちろん洋服など交際費は親に言えばもらえていた。私は女なので家事も手伝わなければいけないし、私にかけるお金がないという事で私は公立高校。交際費や交通費はバイトして自分でやりくりしていた。違いを言ったらきりがないが私から見ると弟の方が両親から愛されているように感じていて私は差別されていると思っていた。私がしっくりくる言葉として両親からイジメにあっていると思っていた。

 

 

第三者の方からすると、そんなことぐらいで親を恨むのは。。。とかそういうご意見もあるかもしれないが、私にとっては許せない事。そして私の生き甲斐は両親への復讐、憎しみを糧に生きてきた。なら、そのままそれを糧に生きていけばいいのだが、やっぱり憎しみを持ち続けて生きていけるのも30歳くらいまで。それ以降はだんだんと生きづらくなる。その生きづらさは簡単に想像できると思う。

 

 

今までどんなセミナーや本を読んでもこの憎しみが消えるどころか益々の増幅するばかりだったが、変わるきっかけとなったのは瀧本先生の真解学を学んでからだと思う。真解学を学ぶと自分の考え方の癖や生まれ持った特徴などがわかる。それによると驚く事がわかる。

 

 

今まで私が両親から殴られて生きてきたので私が両親から攻撃されていたと思っていた。が、どうやらそうではなく私が父を弱らせるくらい攻撃し、さらに私が母の悩みの種だったという事がわかった。今まで両親から攻撃されていたと思っていたら、私が両親を攻撃していたことになる。あまりの衝撃に習ってから1年ぐらいは信じる事ができなかった。だって、肉体的に攻撃されていたし、私は両親を殴った事ないからね。

 

 

でも、先生の法話会でお話を聞いていたりすると、確かに肉体的には攻撃していないかもしれないけど精神的には攻撃しているなぁと思えるようになった。そして、一番決め手になったのは、私が先生に私が結婚しないのは両親が毎日夫婦喧嘩をしていて、それを見てきているから結婚生活に夢も希望もありませんみたいな事を言ったら、先生が「ご両親のせいにできる出来事があっていいね。」と仰っていた事。最初聞いた時は”その出来事のせいで私は不幸に、私の生き方に制限がかかっているからいい迷惑なんですけどプンプン”と、ちょっとムスッと聞いていた。

 

 

しかし、今年に入って思う。真解学ではそもそも私は両親を恨む癖を持って生まれてくるようになっている。だとすると、もし私の両親が清廉潔白で聖人君子のような両親だったら、きっとご近所や親戚だけでなく街の人たちにも愛される人だろう。そんな両親から生まれても私はその両親を恨むか、もしくは”こんな立派な両親なのにどうして自分は凡人なんだろう。こんなみんなから愛される両親でなかったら比べずに済んだのに。。。”ときっと恨んでいるだろうなぁと思った。容易に恨んでいる自分を想像できた。

 

 

そして、その方が苦しいなぁとも思った。なぜなら、きっとそんな立派な両親を恨んでいるという事を誰に言っても共感してもらえないと思ったから。そっちの方が苦しいだろうなぁと思うと私の両親で良かったなぁと思う。幸いなことに私の両親は話を盛らなくても人から共感してもらえる。例えば、母は別れ際さようならと言えない人で、さようならの代わりにお前のことを呪ってやるムキーと言う人だ。話を盛らずにこんなエピソードばかりなので、すごい環境で育ってきたという事で人からよく共感してもらえる。

 

 

両親に会う事が今のところないのでこんな事が言えているのかもしれないし、会ったらまた昔のようにイライラするかもしれない。そうなった時は今日のブログを読み直して”そんな事も思っていなぁ”と、今の穏やかな気持ちに振り返れるよう未来の自分のために書いてみました。