瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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この世界の掟のお話の続きからです。

 

 

 

先生:「私は掟を知っているの。そしてその事を信じる力を持ってる。」

 

 

 

年美さん:「本気で信じてますよね?」

 

 

先生:「唯一私が強いのは信じる力が強いかも。途中で疑う事をしない。こういう教えになっていて、こういう世界のあり方という割には辛い事ばっかり起こるじゃない。いい事ないじゃない!とか、そっちに流されてしまう方もいる。私もそうだった。でも今はとんでもありません。確固たる自分の中での確信があるから、誰が何をどう言おうが揺るがない。

 

例えば、お釈迦様がここに現れて『光静、これは実は違うんだよ。』って仮に仰っても、あ、お釈迦様がこのシステムを信じるかどうかのテストにいらっしゃったと思う。」

 

 

全員:「なるほど。。。」

 

 

先生:「お釈迦様が止めにいらして”お釈迦様がそう仰るなら、、、”じゃない。私がこう言ってまでも光静はちゃんと信じれるかという試しにいらっしゃったと思う。すごいビック試験に通ったら私はどこに行けるんだろう音譜ってワクワクすると思う。だから、何が起きても幸せな方向に向かっているんですよという事をどこまで信じるれますか?っていう感じ爆  笑

 

 

 

全員:「す、すごいびっくりびっくりびっくり

 

 

 

年美さん:「大宇宙にある法則を信じるという事もすごく大事ですけど、自分を信じるという事もすごく大きく大事な事ですよね?」

 

 

先生:「そうなのよビックリマーク年美ちゃんビックリマーク

 

 

 

年美さん:「・・・」

 

 

先生:「それは何かというと宇宙の法則、この世のあり方の動いているエネルギーと年美ちゃんが境界線を作ったらダメなの。」

 

 

年美さん:「わかりますといいますか、本気ではわかっていないですけど、先生が先日沖縄でお話しされた内容をもう一度ラジオで仰って頂きたいんですけど、山の中で修行されている時、真っ暗な山の中で一人残された時すごく真っ暗で怖い。一人で夜中そんな中に取り残されたら怖いですよね?風の音でもメチャクチャ怖い。先生も最初怖いと思っていたけど、その怖いというのは自然との境界線を持っていたから怖かったんだとその時気付いたと聞いて、それがすごく腑に落ちたんですよね。」

 

 

 

先生:「それは良かった。」

 

 

 

年美さん:「本当に怖いっていうのは境界線があるからですよね?私は境界線をなくしたら守られていたんだって。ふかふかな木の落ち葉だったり、もたれかかれる木があったり、雨をしのげる葉っぱだったり、境界線をなくしたら全てに守られている。私は1つなんだと、先生がそこで悟られたと伺って”あぁ、そういう事かぁ”って思ったんです。」

 

 

 

先生:「そういう事なの。あの修行は大きかったよ。」

 

 

年美さん:「あのお話はすごいですよね?」

 

 

先生:「木の根っこに座ってボーッとしているだけだったんだけど本当に怖かったからね。本当にビビりまくってた。トイレに行きたくなったらどうしたらいいんだろう?とか、色んなこと考えて色んな不具合の事ばかり考えて怖かったんだけど、ところが”違う。私は自然を敵にしているんだ”って気付いたの。

 

私が不法侵入者のようにこの人達のところに来ているのに、誰も何も攻撃しないでよたれかからせてくれている。何の攻撃もなく全て私を受け入れてくれている。”あビックリマークすごい!!”って、一気に価値観が逆転した時にこの居心地の良さ。誰も何も言わない。突然やってきた私に文句も言わずに『そこにいるのね!』っていう感じで葉っぱ一つ全部が何も私に攻撃しないで今までと同じ姿でずっとそこにい続けてくれているのを見て”受け入れられている”って思ったの。認めてもらっているって。

 

周りの目に映る樹木とか葉っぱだけでなくその空間から心がスタートしたけど、だんだんそれが広がっていって宇宙全体に対してずっと私は懐で抱いてもらっていたんだって。今も。過去も。これからも。

 

どこで何をしようが、人と私がもしも喧嘩をしようが宇宙の中に私はいるんだってすごく心が広くなって、もう感動でその感動はその次にもつながっていくんだけど、生きるって生かされるという意味はここからなんだと。ずっとこの全ての自然の中で抱かれて生きさせてもらっていたんですね。これが生きるという事の素晴らしさであって、死ぬという事の素晴らしさもセットでわかったの。

 

死ぬという事は自分が抱く側に移る。今までずっと抱いてもらっていたからそれの恩返し。自分が宇宙になるわけだから。空間になるわけだから。自分が抱く側になるという素晴らしい!って思ったの。だから生きる事の素晴らしさと死ぬというか向こう側になる事の素晴らしさ。いづれにしても素晴らしすぎる。」

 

 

年美さん:「このお話しすごくないですか!私このお話が頭離れないんです。すごくイメージしやすいし、境界線をなくすということはこういう事なんだとか、1つという事はこういう事なんだとか、全てが理解できて素晴らしいです。」

 

 

 

先生:「何かのキッカケで境界線が薄らいでいったらいいんじゃないかなって思います。是非とも今日のお話を参考にしてもらえたらいいかなと思います。ではバイバイ

 

 

 

今週のラジオ内容は終わりです。

 

 

これまたセミナーでよく全ては1つ系の話をよくされて全く意味がわからなかないというか、同じだったら何で私だけでこんな罰ゲームみたいな思いをしなくちゃいけないんだ。他の人の分まで苦しみを味わっているんじゃないか?と思ってしまうので納得がいかなかったのですが、先生のお話を伺うとそういう事なんだぁと思います。

 

私の場合、すべての思考が悪い事というか自分の都合の悪い所から物事を見る癖があるんだなぁと、先生のラジオを聞いていてよく思います。

 

あと、信じる力はまずないですね。疑う力の方が断然あります。今は恨みから解放されているので要約信じる前のベースができたような気がします。

 

次はどんなテストが訪れるんだろう?という前に私自身は何をしたくて何を望んでいるのか。。。

そういう事を考える余裕ができたのがすごいなぁと思います。以前の私ならそんな事を頭によぎっても、恨み節しかよぎりませんでしたから。随分変わったなぁと思いますチョキ