瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。
こちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。
http://www.radiokishiwada.jp/simul/
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「このエネルギーは明確じゃなかったら動きません」の続きからです。
先生:「例えば、年美ちゃんに『どうする?ハワイ2週間にする?10日にする?どっちにする?』って攻め方で洗脳してるの。」
年美さん:「どっちにしても行くっていう事ですね!」
先生:「そう。そこにノーはない
」
全員:「![]()
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」
先生:「今みたいな質問だから年美ちゃんも段々ノリ気になってくる。それは私が明確にしているからなの。これが明確じゃなくて、『どっかに何日間か行こう』って言っていたら何も動かないよね?」
年美さん:「決まらないですよね。」
先生:「決まらないよね?年美ちゃんの心も動かない。思考に入っていかないの。こういう事って。ところが『とりあえず2週間でいいよね?ホテルにする?コンドミニアムにする?』」
年美さん:「一気にいろんな事が動き始めますね。」
先生:「年美ちゃんの思考が共鳴したわけ私の波動で。これは明確にしているからなの。私が誘っているから『行きましょう!』と、付き合いで答えているわけじゃない。そんな思考はそんな弱くないの。動きたくない時は動きたくないの。誰から言われても。
明確にこられると思考は動く
だから、みんな自分の理想とする生活があるならそれは明確ですか?と、思っているの。『幸せになりたい』と言って相談に来る人がいっぱいいる。幸せってなに?そこを明確にする会話をする。何を持って幸せだという定義があなたの中にあるのかって。『・・・。嫌な事ばかりあるから幸せになりたいんです。』『嫌な事ばっかり?』嫌な事ばっかりと言って生活を括ってしまうの。『じゃぁ、今あなたがここに居て私と話をしている事も嫌な事なのか?日頃嫌な事ばかりと言うけど。じゃぁ、嫌な事とそうじゃない事分けて見れるようにならないとダメよ。嫌な事をそこに書きなさい。』って言うの。嫌な事だけを書くの。上司がこう。親がこう。息子がこう、、、って書いても僅か5行くらい。上司が嫌い。たまに来る親が嫌い。息子がグレている。これが1日の中で何時間なの?って。
嫌な上司がいる。その上司とラブチェアで仕事をしているのか?って。そんなはずはないですよね?居ない時の方が多いはず。その上司がいるのはあなたの心中にいて目の前にはいない。その時に上司のことを考えるかどうかはあなたの選択次第。」
年美さん:「そうですよね。思考の中にずっといたら一日中一緒ですものね。」
先生:「そう。ずっと。もう愛してるんじゃない?」
年美さん:「そうですね
」
先生:「僅かな時間なの。後の時間はあなたの時間よ。そこで幸せを感じることをやったらいい。それがわからないんだったら真似ればいい。そう見える人の事を。”あの人は幸せそう。お茶を習いに行っていて、お茶を飲んでいる時幸せそうだなぁ”って思うなら真似たらいい。
なのに、真似に行ったとしてもそこでその人を捕まえて『聞いてください。私の上司がね、、、』って、その素敵な場所のはずなのに上司を登場させる。それはどこから出てくるかというと心の中から出してくる。上司は外にいない。上司の事を言う必要もない。けれど皆んなそうやって人生を台無しにしていってしまう。
自分が幸せになりたい。自分が楽しくいたいとか大きなカッコでくくった所を細分化してどうありたいかという事を書く。例えば、大阪の庵なんてキッチリと私が目標にしていた形や場所なの。キッチリ明確。
1LDKで充分。自分の部屋があってあとはみんなが来てワイワイできる場所があったらそれでいい。バルコニーがあってみんなで楽しくできたらいいし、そういう感じと何年も前から描いていたの。機が熟したらその物件が出るって思ってたの。もうビンゴだったからね。
機が熟すという時に任せたらいい。無理矢理に不動産めぐりするのではなくて何かの流れで色んなものが来る。新大阪の近くに。最初はないと思っていたの。そんな高級マンションがあの辺の地域にあるわけがないって思っていたの。その前提が私の目を目隠ししていた。
でも、ないなって思っているから物件でてきてないなって。もう一回心を入れ替えて”もうすぐ来る。もうすぐある”って思ったの。色んな事件が起きた時に”あっ、そろそろ物件が見つかるな”っていうのもあった。と、いうように明確にする。
何か望んでいるものがあるのであれば、それをできるところまで明確に細分化して自分の思考の中に閉まっておくと必ずその思考が何かと紐付けて持ってくる。だからどっか行きたいじゃない。いつかどっか誰かと行こうよじゃないの。」
年美さん:「一個だけじゃなくていっぱいあってもいいんですか?具体的に自分がこうなりたいという将来をたくさん持っていてもいいんですか?」
先生:「たくさん持っていてもいい。その代わり本気じゃないとダメ。」
区切りがいいのでこの辺で![]()
先生のお話の中で出てくる相談者の方は本当に私だなぁと思います。私も両親と離れて暮らしているから両親の事など思い出さなければいいのに、四六時中思い出してイライラしてました。友人知人に話すと「思い出さなければいいじゃん」と言われるけど、それができないし、両親の愚痴を言っている時はスッキリするから言うことを止めることも出来なかった。この呪いはずっと一生続くんだと思っていました。
でも不思議な事に先生の法話を聞いて1年半くらい経ってか2年わかりませんが両親の事を思い出す頻度が少なくなりました。きっと今と過去を区別できたのと、過去はどうでもいいと思えるようになったからだと思います。このラジオの文字起こしもすごいキッカケだったと思います。
1つ大きな間違いをしていたのは、私は自分の力で過去を克服しないといけないと思っていましたが、実際はそうではなく周りの人の協力も必要なんだという事。例えば先生の法話もそうですし、ラジオに出させていただいた事、ラジオの文字起こしをさせていただいた事。私一人では無理ですからね。。。
自分一人でどうにかなると考えている傲慢さがダメでしたね。