瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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昨日の仏教の勉強方法の続きからです。

 

 

 

先生:「傷んだ心のまま”仏教を勉強したい!!”って思うのは違うよって思っているの。傷んでいる心があるなら傷んでいる理由がある。その痛みにぴったりの仏教のお薬があるから、それだけをまず頂いて実践しましょう。そして、心の傷が治って絆創膏が取れたら、そこから仏教のイロハを勉強してもいいと思うのよね。

 

でも、時系列でキッチリ勉強したいと仰る方が多くおられるのよね。だから、そういう話し方は絶対しないの。時系列で仏教を語るなら、ネパールで生まれてインドの方から北伝仏教、南伝仏教、それが中国を通って、いろんなところのエキスを吸収して日本に入ってきた仏教というのは、実はインドで生まれた仏教とかなり異色になっっちゃってる。その仏教を勉強するのか、それとも本家本元のお釈迦様からの仏教を勉強するのかでも仏教の勉強は違ってくるし、何を持って仏教と言っているのかでも違う。だから、我々って正しく言えてないのよね。きっと。

 

だけれども、肝心なのは何か重みがあったり、なんなのかが見えてはいないけれどとっても心が暗いのか。。。それにピッタリの教えがあるから、それを聞いて実践をする。多分、それで今回の人生が終わると思うの。

 

これからももっと色んなことで苦しむじゃない?大切な人が亡くなっていく愛別離苦。愛する人と別れなければならない苦しみ。これから我々大人になって関わっていく人が多いから、亡くなっていく方とこれから嫌というほど出会っていく。そして、自分も必ず亡くなっていく。今度はその苦しみが心に湧いたら、その苦しみにもピッタリの教えがあるからその教えで自分の心を守る。

 

今度は人が争う。自分も争いたくなっちゃった。その争う心がしんどいから、今度はその心のお薬をもらう。仏教を学ぶって概念ではなくて、今ご縁があって得た教えを常に活用する。つまり実践するというところで、何ども言うけど今回の人生終わるニコニコ

 

 

 

年美さん:「多分そうですね。。。」

 

 

 

先生:「だから、この方はあることがあってパニック障害になってしまった。パニック障害は本当に辛い。私もなったからわかるんだけれどもすごい辛いと思う。でもそれを、たまたま私のブログを知っていただく、ラジオとかを聞いていただいて最近元気になってきましたと仰っていただけれることはありがたいと思います。

 

ただ、どのような事でどのようなパニック障害になって、どんな恐怖が押し寄せてくるのかっていうメッセージを頂けたら、もう少し詳しくお話しといいますか、東洋思想の1つのコツ・お薬のお話ができるかな?って思っています。

 

勉強方法をご指導くださいという内容のご質問として、このメッセージを受け取るならば、勉強をするという事よりも、もし私のブログでこういうモノの捉え方があるなって、”こういうモノの捉え方が出来てなかったな”とか”こっちの方が楽チンそうだな”ともし思われたことがあったら、それを今日から人生に取り入れる。今まで違う考え方をしていたと思うから、その新しい考え方と今まで考え方を入れ替えていくっていうようにする。それを実践していくっていう、その事を勉強方法だとご理解された方がいいんじゃないかなぁって思います。

 

これは、私も山ほどの本を買って、山ほどの勉強をして、山ほどの文献を読んで、もちろん仏教大学にも行った。色んな事を勉強した結果、つまり情報・知識人間になってしまうだけだったなって。私は学者になりたいわけじゃなかったんですね。もちろん無駄ではありませんでした。”そういう事か!”って自分の心が気づいていくこともいっぱりありました。けれども、それと実生活の自分の幸せ度は変わりがなかったんですよね。

 

だから、”もっと簡単なところでいいんだビックリマーク”って思って、仏教が一番大切にしている布施業というのがある。その中でも今すぐ出来る事で笑顔の布施業がある。和顔施というのがある。あればトップに上がってお釈迦様が言われているわけです。”じゃあ、そうか私は笑顔でいこう!”悲しいことがあるから悲しい顔をするってイコールにしなくていいんだって。

 

悲しいことがあろうが何だろうが笑顔でいいじゃん音譜って、とりあえずこれは究極の布施業。すごく自分で惨めになることがあっても、すごく怒りがあろうが、それと表情はリンクしなくていいんだ!そこは笑顔でいいじゃん!っていう、もっと簡単なところからの実践を始めたんですね。

 

あとは一言『よくやったね。』とか『お疲れさま』とか『さすが!』とか、もう一つ多く言おう。人にもっとそういう言葉をプレゼントしよう。それって言辞施っていうすごいお布施なんだ!って、これも口があるなら言えるじゃんって言い始めたんですね。そうしたら、その辺から人生が変わってきたんです爆  笑

 

私はそれを仏教の勉強だって自分で思っていて、色んな勉強会に行くことは素晴らしいことだと思います。私も行けるのがあれば行きますからね。でも、それが勉強ということではなくそれ勉強だけれども、実際の本当の人生の勉強というのは、これが大切だと教えて頂いたことがあるならそれをするビックリマーク

 

お蔭様と相手を労う言葉が大切だったり、笑顔が大切だったら、楽しいと笑顔が一緒じゃなくて常に笑顔でいい。顔は笑顔!!それでいいと決める!とかね。何か譲れるものがあるなら床座施でどうぞって言うとか、言おうと思ったら言えるんだから。だったら言う。

 

その辺だと思います。こんな簡単な笑顔とか、お疲れ様とかお蔭様とか、こんな単純な事を自分の人生に搭載することができてから無茶苦茶幸せ度が上がったんですね。なので、それを絶対に実践するということが勉強のて始めだと思いましたニコニコ

 

 

 

今日で今週のラジオ内容は終わりです。

 

 

 

私にとって笑顔というのはとても難しいです。すごくぎこちないです。写真を撮るときに笑顔をキープできないんでしょうね。すごくブサイクに写るので本当に自分の笑顔が嫌いです。

 

それから、私の中で変なルールがありまして嘘をついてはいけないというのがあるものだから、先生が仰った嬉しくないときでも笑顔というのが、実践するとすごくもやもやして、自分に嘘をついているような気がして、本当はイライラして叫びたいのにそれをしないという選択が、よりイライラが増幅してしまって、より周りに迷惑をかけるということになるので、いつも皆さんのように微笑みを絶やさない人は心の中がどうなっているんだろう?どういう人生を歩まれているんだろう?きっと順風満帆な人生なんだろうなぁと思っていました。

 

でも、素敵な笑顔の法友の方のお話を伺っていると、私なんかよりも苦労されていたし、辛い時期でも微笑んでいたというから目が飛び出たのを思い出しました。

 

先生が仰っていた『楽しいと笑顔が一緒じゃなくて常に笑顔でいい。顔は笑顔!!それでいいと決める!』なぜかこれには未だに抵抗してしまう。決められないし、自分にはできないと思ってしまう。。。こればっかりは本当に不思議だ。。。

 

だけど、笑顔が増えてきたと周りの方が仰ってくださっているので、まずはこれで良しにしたいと思いますてへぺろ