このブログを書き始めてから数名の方に頂いた同じご質問。「そんなに家が嫌だったらどうして家を出なかったの?」と聞かれる。理由は家を出るだけの根性と私を匿ってくれるような友人や親代わりをしてくれるような環境がなかったからと言うしかない。一番は根性がなかっただけだと思う。不良になる根性がなかっただけだと思う。
あと、私なりの分析だと家出をされた方々は多分結婚または同棲する事に抵抗がない方だと思う。つまり、誰かに頼るというか他人と一緒に生活する事が出来る人なんだと思う。
私の場合は、小学生の高学年の頃から結婚しないと心に固く決めていたので、結婚も同棲も同じ感覚の私としては中高学生が家出をしたら、家も借りれないから誰かの家に転がり赤の他人と一緒に暮らすか、平日の17時くらいのニュースに出てくるような身売りをして生きていかなければならないと思っていたので、その生活の方が私にとっては辛いなと感じていたので家出という選択肢はなかった。
じゃぁ、学生が終わったらとっとと家を出たらいいじゃないかと思われると思う。事実、私が家を出たのは社会人10年目の30歳になってからだ。両親の文句言っているわりには自立するのがかかなり遅い。女性が一人でどうやって生きていったらいいのか模索していた10年だったように思う。学校の成績も悪いし学歴もない。美貌もなければ性格も悪いし助けてくれる友達もいない。もし、私に美貌と気立ての良さがあったら水商売でもできたと思うが、本当に男ウケが悪いのを自覚していたのでそっちの進路を考えることもなかった。そして、そういう私にはない素質を持っている人に対して妬んで恨んでいたので、顔も今以上に不細工だったともう。
当時の私の仕事は事務員。手取りで12万程度。東京の家賃はどんなに安いところでも5〜6万円。給料の半分が家賃。。。それでも本当に嫌なら家出をしたらいいと思うが、今の時点で家出をしたとしても手取り12万円の生活が永遠に続くだけ。貧乏な家に生まれた私としては貧乏が続くのも嫌で、実家を出たら二度と実家に戻らなくてもいいような生活の基盤ができるまでは、何があっても家にいようと思った。私は下宿先に寝泊まりしていて、その下宿先には門限や様々なルールがあるんだと思い込むようにした。
それで、女性で未経験でも働けて肉体労働ではない職業というのが、私にはITしか思いつかなかったのでITの学校や資格をとるのに時間とお金がかかり自立するのに30歳までかかった。この肉体労働ではないというのも私には重要だった。自分で体が丈夫ではないことを知っていたので、もし私の体に何かがあっても、座って仕事ができるものは何かと考えた。何度もいうが、私は一生働いていかなければならないからだ。
今思えば、25歳くらいで家を出てもやっていけたなぁと思う。なぜなら社会の方が優しい。社会が厳しいって子供の頃誰かに習ったけどあれは嘘だと思う。厳しいのは試験のテスト勉強くらいであとは何も辛いことなんてなかった。よくセクハラパワハラなど、問題なっているが、実家にいる時の方が酷かった。だから、いつも、いつあの実家を上回る厳しいことが起きるんだろう?とビクビクしながら社会生活を送ってきたが、社会に出てから厳しい事が起きた事がない。一度も。。。
現に、瀧本先生や法友の方とも出会えているし良いご縁がたくさんある。こう言えていることも奇跡。私は良いことがあるとそれを失うと思っていたので、良いご縁と出会っているなんていった事がなかった。だって、ご縁は手に入っても失ってしまうから最初から手に入れな方がいい、手に入っていると思わない方がいいと瀧本先生と出会うまで思っていたからだ。が、うまく説明ができないが先日の先生のラジオで、繋げておく縁もあるということで、全て失うわけではないんだと気付き心がスッとした感覚があった。
全く仏法のお話と関係ないのですが、たてづづけに同じ質問をいただいたので書いてみました。なんの役にも立たないと思いますが何かの回答になれば幸いです。