私が仏教を学ぼうと思ったきっかけは他にもあって、私は昨日書いたセミナー以外にも多くの自己啓発セミナーに参加してきた。昨日書いたようにセミナーに来ている人に違和感を感じていたのもそうだが、セミナーの運営体制にいつも違和感があった。これは、私が感じたことなので真実ではないとは思うが、どんな違和感があったかというと、そのセミナーに参加している人は幸せになっていないように見えた。

 

多くの自己啓発セミナーは、過去に起きた事にフォーカスし、そこに今抱えている悩みの原因があるとする傾向がある。私の場合は幼少期の両親の私への態度が心の傷となり今の悩みを抱えているということ。確かにそうだと思う。そこで人生のルールを作ったのだから。そこに異議はない。しかし、私を含め多くの人がその過去の出来事により執着するか、もしくはその発見した過去の出来事をこれ見よがしに振りかざし、『私は過去にこんな辛い思いをしてきたの。だから私は悪くないの。私は可哀想な子なの。』みたいな感じになる。例えば、セミナー参加者の人に「この資料明日までに作ってきてね」と私が頼んだとして、依頼した事が出来ていないので理由を聞いてみると、大抵の人が似たようなことを言う。

 

 

 

 

「あなたが、うちの母に似ていて怖くて出来ませんでした。思い出すんです昔を。それは。。。」

 

 

 

そんな事を言いながら、女子だけでなく男子も泣き始めるから本当にイライラしていた。普通の人は、理由を最後まで聞き、それで同情するのかもしれないけど、私は全く違うので、無駄な話を遮り『はぁ?バカなの?あなたが出来なかったのは、お母さんのせいじゃなくてあなたの問題です。そんな理由に逃げるなムキー』と所構わず吠えていた。頭突きしなかっただけ褒めてほしい。

 

 

 

その辛い過去の出来事を言えば、今起きている辛い出来事が許されると思っているが多い。なので、その許される理由をもっと手に入れるために、セミナーに通い続けているのではないか?と思っていた。つまり当初は過去の辛い出来事を消したいからセミナーに来ているのに、発見するところまでは講義してくれるが、辛い出来事を消すということに関してはそんなに手段がなかったように思う。多くのセミナーでは、他のカリキュラムに参加し続ける事が解決方法という事がよくある。まぁ、それも当然で企業なのだからそう簡単に解決してしまっては受講者が減るわけだし、その人が抱えている問題が解決するよりも、多くのカリキュラムに参加してもらった方がいいわけなので、それも仕方ないのかなぁと思っていた。

 

 

が、瀧本先生の講演内容もそうだが講義スタイルが全く違うように私は感じた。自分が抱えている問題を自力で発見して、それを自力で自分の行動で変えていく。その行動の仕方も1回数千円で学べる。

 

 

 

 

な、なんてお得なんだ!!

 

 

 

と、ビックリした。今思えば過去にフォーカスしない学びが新鮮だったんだと思う。私の場合は過去にフォーカスしすぎて、発見した時よりも、時間が経過していくにつれ両親に対する恨みが増幅するという、なんとも意味のわからない結果になっていたので、過去よりも今。未来より今を大切にしているこの学びが新鮮だった。(多分、私が参加していたセミナーも同じ事を言っていたんだともうが、私の頭が理解できなかったんだと思う)

 

そして、学んでいる方が過去の事をうだうだ言っていないのも新鮮だった。ウダウダ文句を言っているのは私ぐらいだと思う。それもビックリした。参加されている方の会話の内容が前を見ている気がした。(もしかしたら私以外には言っているのかもしれない。そもそも人から相談されるような人じゃないので気づいていないのかも知れない)

 

 

本当によく愚痴しか言っていないような私が、破門されたとはいえ約3年も学ぶ事が出来たなぁと先生と周りの方々に感謝ですね。

?こんな内容のブログでいいのかなぁ??

 

今日は仕事始めで、年末年始の休みなが少ないなぁと思いつつも仕事してきますバイバイ