瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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今日はおさらいのコーナーからです。

 

 

 

年美さん:「渓深杓柄長(たにふこうしてしゃくへいながし)っていう言葉があるんですけど、これは禅の言葉なんですけど、お坊さんが柄杓を持って水を汲もうとしている所に、ある女性が『仏教の教えってどういう事を説かれてているのですか?』って聞かれた時に言われた言葉なんです。

 

何を言われたかというと、『谷の水を掬うのに谷の深さによって柄杓の長さを変えるよね?谷が長い時は長い柄杓を持って水を掬うし、谷が浅ければ短い柄杓を選ぶ。心もその都度適した心を選ばないといけないっていう事なんですよ。相手が怒っている時に一緒にあなたも怒っていませんか?相手が怒っているならこちらが丸くなりましょう。相手が疲れているなら労いましょうというように、相手に応じた行いを行うべし』って言うことを仰ったんです。

 

道具は変えるのに心は変えないというのはおかしいですよ。心もちゃんとその都度変えていきましょうというお話なんです。これを聞いた時に、たくさん先生のもとで勉強をさせて頂いていて、色んなことが引き出しにチョットづつ増えていっていて、その都度その都度捉える角度が変わってきているなと思うんです。

 

例えば怒っている人がいたとして、その日その日で自分の考え方を変えているなって思うんです。」

 

 

 

先生:「面白いビックリマークどういうこと?

 

 

 

年美さん:「怒っている人がいて”この人はなんで怒っているのかな?”っていう事に対して、自分が納得の仕方を変えているんですね。」

 

 

 

先生:「何か意味を探しに行っているってことかしら?」

 

 

 

年美さん:「そうです!その時その時の心によって解釈を変えていっているっていうことです。」

 

 

 

先生:「それが上手にできるようになったのかな?」

 

 

 

年美さん:「そうです!色んな考えを持てるようになったということです。これって渓深杓柄長の事なのかなって思ったんです。違いますか?」

 

 

 

先生:「それでいいと思う。物事に対しての道具はその都度変える。鉛筆1つ選ぶにしたって、このノートにはこの太さで書こうとか、これにはコレって必ずマッチングしたものを選ぶのにね。心だけは常に1個の自分の使いたい心を振りかざして全員に接していく。笑顔の人にも怒っている人にもね。イライラしていたら、その1つの心で疲れて帰ってきたご主人に対してもその心を振りかざしちゃう。『お疲れさま』が言えない。」

 

 

 

全員:「なぜ言えないんでしょうか?」

 

 

 

先生:「『なんでこんな早く帰ってくるのよプンプン』早く帰ってきても遅く帰ってきても怒る爆  笑

 

 

 

全員:「全部一つの心ですね。」

 

 

先生:「心の状態に応じて変えていかないとダメだよねっていうお話だよね。谷が浅かったら短い柄杓を使うよね。私はこの話を聞いた時に餓鬼道のことを最初思い出したの。餓鬼道ってガリガリでお腹だけ出ている絵を見たことあるでしょ?どういう世界かというと、みんなご飯が食べられなくて苦しんでいる世界なのね。ご飯もお箸ももらえているの。なんだけどお箸が1mくらいあるのね。その1mあるお箸でつまむの。だけど食べられないの。みんな一生懸命食べ物をつまむんだけど食べられないって苦しんでいるという姿が妖怪図鑑に載っているの。

 

でも、天界に行ったら同じ箸をみんな持っているのに、みんなご飯全部食べれてすごくみんなお腹いっぱい。餓鬼道では同じ箸を持っているのに食べれてなくてみんなガリガリ。天界は同じお箸なのにふくよかなの。

 

それは何故かというと、お互いがお互いの口に食べ物を運ぶの。お互いが思いやる心があるからお箸が長い方がいいんだよね。天界にいると相手の距離まで届けてあげる。

 

初めて渓深杓柄長を勉強した時に、自分ができないことでも相手のために使えるという見方をしないといけないとか、そんなことを思ったのよ。さて、時間になりましたのでこの辺でバイバイ

 

 

 

今週のラジオ内容は終わりですバイバイ

 

 

私が初めてこの餓鬼界のお箸の話を聞いた時は中学生とかで、なんで天界の人は食べれるのか全然わからなくて、ナゾナゾかとんちなのかと思って悩んだ思い出があります。答えを聞いた時に、この地上の世界ではありえないなって瞬時に諦めた気がします。

 

渓深杓柄長のお話は私もよく覚えているお話で、先生とお会いした2016年の11月に先生を講師としてお招きしてお話会をさせて頂いた時にお話ししてくださった法話なのでよく覚えていますが、餓鬼道のイメージはなかったので先生のイメージにはびっくりです。怒りにはその人以上の怒りで対抗しないと負けると今でも思っているので、全く進化してないなぁとラジオを聴きながら思いましたショボーン

 

餓鬼というと、私が小学生の頃は拒食症というか少食だったので、よく母に骨と皮だけと言われてからかわれていて、容姿がそのころの私によく似ているので他人とは思えないなぁと、なんとなく親近感があります。やっぱり私変わってますね(笑)

 

来週のラジオから仏法のオンパレードになるようなので楽しみです。ではバイバイ