瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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今日も先生の目をドキドキにした彫刻のような美しい青年のお話からです。

 

 

 

先生:「彼に笑顔が出てきてクスクスと笑いだして、最後帰る時に『もう僕痛みが来ないような気がする』って言ったの。」

 

 

 

年美さん:「凄いびっくり

 

 

 

先生:「もう、おばさん泣きそう笑い泣き

 

 

 

全員:「本当に凄い!!

 

 

 

先生:「これから彼は戦っていかないといけないと思うんだけど、というように体のメッセージを私たちって聞くのが下手なのよね。やっぱり。」

 

 

 

年美さん:「そうですね。聞いてないですね。」

 

 

 

先生:「トヨは体のメッセージ何かある?」

 

 

 

トヨさん:「そうですね。最近私のブログにも書いたんですけど、いきなり蕁麻疹が出たんです。一気に全身に出たのではなく、ある一部分から出たんです。」

 

 

 

先生:「それは心の現れだね。蕁麻疹って基本的には。」

 

 

 

トヨさん:「これくらいなら放っておこうかなと思ったら、徐々に徐々に広がってきたんです。」

 

 

 

先生:「皆さん。心と体は連動しています。体というのは素直に形にしてくれるから症状を是非とも見にいけるようにしてほしいと思います。体の声を聞こうねっていう話は、非常に仏教思想に密着した話で、つまり、自分との対話が仏教ですよって言っても過言ではなく、自分の体の中身を見て自分の組織とお話をするようなシーンというか、お釈迦様が瞑想で自分の心の動きと会話をしていた時のエピソードがいっぱい残っていて、凄い面白いんですよ。

 

まるで他人と話をしているみたいに、お釈迦様も自分の心とご自身が会話をされている。それが本能としてうごめく自分と、智徳を積まれた自分が本能の自分と会話をしていく。今で言ったら我々は理性という脳の部分と原始脳の部分があるので、そこの対談みたいな感じとして言い換えられるんだろうなと思うんだけれども、自分の体と対話をするってとても愛おしくて、前ラジオでも言ったのかな?

 

私が交通事故を起こして右腕がダメになって切断しなくてはいけないってなった時に、体の一部づつ全てと会話をしていって『いつも私を好きなところに運んでくれてありがとうね。』って足にも挨拶をして、よくこの重たい上半身をいつも抱えて。。。足さんっていつも踏まれているからね。足の裏って自分にいつも踏まれているの。そして”行きたいなぁ”と思ったところに、いつも連れていってくれる。しかも二足歩行で。凄く大変だろうなって思うの。

 

”あれ取りたいなぁ”と思ったら勝手に手は動いている。どっからコレは指令を出しているんだろう?鉛筆持とうと思ったら勝手に手が動いている。。。絶妙なバランスで全ての筋肉と筋が動いている奇跡の結果とか、一つ一つの普通に自分が簡単にできていることを意味合いを見ていくという修行があって、今4人のレディースで話をしていても無意識で瞬きをしているとか、なんでこの無意識でできるんだろう?とかね。

 

体って奇跡の連続で、全てが凄いバランスを取ってくれていて、それを主である自分が指令を出しているという感覚がない!ということが”どうなってるの!?”っていう事を1つずつ取り上げて感謝を申し上げていくという修行や瞑想があるんです。

 

だから『そういう自分の体を見て自分の体としっかりと会話をしてね』って昨日の彫刻ボーイにそんな話をしたの。『わかりました。やってみます。』って言ったの。彼のことは私のブログでも紹介していきたいなって思っているの。」

 

 

 

区切りがいいのでこの辺でバイバイ

 

 

今日は家の掃除をしていたら、時間をよみ間違い待ち合わせ時間に遅れそうになりブログのアップがこんな時間になってしまいました。今日は東京の光静庵で少人数でのお話会でした。先生から何ども伺っていますが<自由>の意味を忘れてしますので、毎回お話を聞くたびに驚きます。皆さんは自由の意味わかりますか?私はフリーダムの意味だと思っていましたが、自分を由りどころにする事。つまりは自灯明。いつもこの言葉にハッとします。今の私を由りどころにしたら倒れるだろうなぁと思います爆  笑

 

自由という意味を再度勉強できて良かったですチョキ