よく母に言われていた言葉。この頃瀧本先生の講演やラジオ、真解学の授業で親子関係のお話が多く自分の過去の体験を思い出し、母から「人様は注意してくれないから親だから殴るのよ。有難いと思いなさい。」とよく言われていたなぁと思う。そこで私も「私が嘘をついたのは、殴られたくないからだから殴ったところで問題は解決しないと思います。」小三の私は正論を母に言うのだが余計にボコボコにされるので、母には何も言わずただ殴られるだけという事が二十歳まで続いた。

 

 

この話をすると驚かれるが、私は母のストレス発散の人形のような物だと思っていたので、私的には特に不思議なことでもなく、家ではロボットのように感情なく過ごしていたので平気だったのでは?と自己分析していたのだが、瀧本先生がおっしゃるには違うらしい。ではどうなのかというと、

 

 

 

殴られる事が愛される事だというルールを作った子供は生きていける

 

 

 

なるほど!確かにそうだ。そう言われて育ってきたしね!と内心思った。それから先生はこのようなシェアをしてくださった。DV夫と結婚された女性の母親が相談に来られて、娘の顔が変形するほど殴られてしまうので無理やり引き離したらしい。離婚後しばらくして娘さんがいらっしゃった時に、娘さんが「こんなに殴られないことが怖いことだと知りませんでした」と震えながら仰ったそうで、彼女の中では殴られる事=愛なので、温厚な旦那さんが殴ってしまうほどの事を言ってしまうそう。つまり自分で殴られる方向にもっていっている。。。DV夫と別れてもまた同じような人と一緒になってしまう女性はこのようなルールが自分の中にあるらしい。なんて悲しいルールなのか。。。

 

さらに先生が、その女性の幼少期にお父さんがどのように関わったか聞くと父親に殴られて育ってきたとの事。子供の頃に、異性に好かれるという事は殴られる事というルールができてしまった。そのころの自分の心を守るためにだって父親も異性ですからね。

 

 

と、いう事は両親ともに殴られてきてる私はもっとやばいんじゃないのか?と思い昔を思い出してみると思い当たる節が。。。

それは、私の家では両親の喧嘩も大胆でよく両親ともに肉弾戦の戦いが繰り広げられていた。女子プロレスに憧れている母なので、腕っぷしは凄い。そんな両親の怒りがMAXになると飛び蹴りや回し蹴りなどが繰り広げられる家だった。なので、よくドラマなどで夫に平手打ちされて泣き崩れる妻をよく見るのだが、なんでこの女性はやり返さないんだろう?と不思議に思っていた。そういう環境下で育っているものだから、私も年頃になり男性と付き合うことになった時におかしな行動に出る。

 

 

確か彼氏とそこら辺の歩いていて、ちょっと相手が腹の立つ事を言ったときに無意識で回し蹴りをしてしまった。私は若干笑いながら彼は本気でブチギレている目つきをしていてその後会話がなくなった。私の中では『はて?なんで会話がないんだろう?嫌なら嫌だと言えばいいのに。』くらいにしか思っていなかった。しばらくして彼が「本当にさっきのは腹が立った。女性にあんな事されたの初めてだ」と言われたのが衝撃だった。

 

 

 

 

え?人生で初めてですか?回し蹴り?

 

 

 

本当にびっくりした。みんな同じ経験をしていると思ったから。意見の言い合いの果ては回し蹴りでフィニッシュだと思っていた私。。。そこで気がつく。なるほど普通の家はどうやら違うらしい。腹が立ったら蹴ったりしてはいけないんだな。というか、こういう行為でコミュニケーションをとるという事は普通ではないんだなぁということがよくわかり、そこからは一度も蹴ってはいないが、きっとこういう世間とずれている事が気づかないが今も多くあると思う。

 

 

そろそろ本気で自分のルールを書き換えないといけないなぁと思っていて、ルールを書き換えるには自分のルールを持たずに幸せに暮らしている人、つまり例外の人を探すといいらしい。私の場合は殴られずに愛されている人を探せばいいのだから、すごく多くいると思うのでこれは助かった!と思っている今日この頃です。探した後どうすればいいのかはまだわかりませんが、たくさんの例外を探していきたいと思います口笛