一曲目が終わって後半スタートです。
先生:「今からおさらいのコーナーにいってみたいと思います。」
年美さん:「月皎々皎潔(つきこうこうにしてまたきょうけつなり)という言葉なんですが、仏教にはよく月が出てくるんですが、この月は皎々という言葉は明るく光り輝くっていう意味なんですね。皎潔というのは尊いものって言う言葉なんです。月の光は主張せずにそっと見守るように輝いてくれている。
例えば、月が湖の上に登って水面に輝いているけれど、その時に月が雲に隠れるとどうなるかというと一瞬周りが暗くなってしまう。その月の光が明るかったんだって気づくんです。人って守ってもらえるものが無くなって初めてその有り難さを知る。ありがたい事にいつもお月様が照ってるからわからないけど、本当はいつも私たちを守ってくれているんですよって、初めて周りが暗くなった時に月の有難さに気づくっていう、失っていることがどれだけ人生に多いことか。気づかないことで。
他から受けている恩に気づかずに生きてしまっていますよ。なので感謝して生きて行きましょう。私たちは守られているんですよっていう優しい教えなんです
」
先生:「確かにお月様はそこにずっと居てくれて守ってくれているんだけど、そういうのってこんだけ勉強してきたら少しはわかるよね。ちょっとだけど守ってくれてるなぁってわかるよね。」
年美さん:「六方拝をするようになって、こんなに多くの人に守られているんだって気づけるようになりました
」
先生:「我々は色んなものに包まれて守られているんだけどこういう言葉があります。
霧の中を行けば 覚えざるに 衣しめる
これはトヨちゃんどんな言葉だったか覚えてる?」
トヨさん:「はい。覚えています。霧の中で歩いていると知らないうちに衣が濡れる。濡れていないと思っていてもしっとりと衣が濡れているということで、あなたの置かれている環境があなたを無意識に影響を与えていますよっという言葉で、霧の中というのは言葉の中というように教えて頂きました。」
先生:「そうそう。最もなる身近な存在している霧というのは言葉だよっていうことね。もちろん言葉だけじゃない。全てがそう。例えば、このラジオ局のこの環境も今のあなたの霧ですよ。我々って生まれた時は家庭という霧の中に突然放りだされる。そこで、夫婦の会話とか、ママが食べさせてくれる色んな離乳食とかそれが霧だよね。自分では意識をしていないけれども、それに自分の命が染まっていく。衣しめるというのはね。
だから、自分がどの霧の中に身を置くかという事だけで、自分の人生というものは変わっていってしまう。なので、この霧という自分の周りにあるあらゆる環境を自分から良いものを選択していかなければいけない。
これの最も気をつけなければならない普段の霧というのは、あなたが使っている言葉です。言葉というのは思考の現れだからね。つまりは言葉というよりも、最もなる霧というのはあなたの思考とイコールなんだけど、自分が使っている思考というものに自分は無意識で染まっていってしまうという事だから怖い
」
トヨさん:「無意識というのが怖いです」
先生:「本当に怖いの。自分で自分の心を変えるのって難しいの。心を変えるってなかなかできない。。。けれども、出来るのは嘘でいいから言葉は変えれるって事なのね。全然感謝してないのに頑張って『ありがとう』って心に嘘をついてもいいから言う。すると、その言葉に心って従うのね。やっぱり。だからどんな言葉を日頃言うといい?」
年美さん:「ごめんなさいとかですかね。。。」
先生:「ごめんなさいもすごくいいんだけど、ごめんなさいって人から言われると結構しんどくない?」
年美さん:「なるほど。。。」
先生:「あ!私厳しいんだわ。自分の暗黒性をみてしまったわ
」
年美さん:「ど、どういう事ですか?」
先生:「うんと。。。ごめんという暇があったらちゃんとやってって思う。」
年美さん:「こ、怖い。。。」
先生:「ごめんなさいはいらないから、しまった
って思うなら、その代案を出してって思う。あ!やだ私厳しい
」
今日は時間がないのでこの辺で![]()
私も先生と同じ意見なので一体これの何が暗黒性なんだろう
と思ってしまう。仕事なら特にこの考え。それと”ごめんなさい”が口癖になっている人の”ごめんなさい”は聞いていてしんどいというか、私の場合はイライラしてしまう。会社の後輩がこれで、いつも同じミスをするので、もう謝らなくていいからミスなく仕事をして欲しいと心底思ってしまう。。。これも暗黒性というものなのだろうか。。。
仏教のいう暗黒性ってなんだんだろう![]()