今週最後のラジオ内容UPです。。。

 

 

 

 

 

先生:「私はもう二度と途方に暮れる事は人生でないと思う。」

 

 

 

 

全員:「なるほど。。。」

 

 

 

先生:「途方に暮れれない。だって、その途方に暮れるっていう事は、自分がどうありたいかって分かっている人間しか感じれない感情ですよってことなので、じゃぁ、自分がどうしたいかっていう事をもう一度ちゃんと見て、そうしたい事に近づく事をちゃんとやる。

 

だから、それ以降は当然苦しいことは人生でいっぱい起きたけど、めちゃくちゃあったけど、例えば命を閉じるとかっていうことはありえない選択でどっちみち、そんなこと努力しなくても後々命が尽きるからね。だから、この方が仰っていた『これからの人生でどんな苦悩に出会うかわかりませんが、どんな事が起きても先生のストーリーを知っておくと自分で立ち直る事ができるのではないか?励みにさせて頂きたい』って事なんですが、好ましくない状況だってハッキリと見えるのであれば、それをみんな絶望だと思っているけれども、そうではなくどういう状況を求めているのかっていう、この切り返しが、この僅かな問いが自分に向けられるかどうかで、その問いを知らなければやっぱりダメだ。やっぱりダメだ。絶望だってなってしまう。

 

どうかこの方へお守りの一言として、これからの人生の励みが欲しいと仰っているのであれば、何か絶望に出会った時に一瞬それを絶望だと思ってしまっても、”ちょっと待て”と、これは目の前の影である。後ろから光が照ってるからっていう、後ろを見るという問いを思い出してくれると大丈夫。

 

この問いを思い出してくれなかったら、ずーーっと、また前の暗黒性を見て絶望感を感じて、その絶望的な壁を一生懸命登ってダメだダメだと言うかもしれないけど、後ろを見て見るっていう視点を変えるという、この一文さえ思い出してくれたら大丈夫。そして、この方向を変える事を

 

 

 

 

逆視(ぎゃくし)

 

 

 

といいます。」

 

 

 

 

全員:「すごいビックリマークビックリマーク」

 

 

 

年美さん:「先生が仰ってくださったように、自分に大きな事が起こると訳が分からなくなるじゃないですか。いま先生に聞いたことでも、中々ずっと自分に問いを入れれるかというとわからないから、日頃ちょっとイヤを感じた時に反対を見る訓練をしたら、自然とそれができるようになるんじゃないかと思うんです。

 

だから、先生がよく小さい事をもっと大事にしなさいって仰るのは、自分の小ちゃいイヤでもちゃんと観にいけるようになりなさい。その反対が好ましいとわかっているからイヤだと感じているから。もっと自分を大切にしなさいっていう事を普段からやって行けば、何かドーーーンと大きい事が起きた時も、いつもと同じようにすればいいんだなって癖をつけたらいいんですよね。それが実践だなって思うんですよね。」

 

 

 

 

先生:「すごくいい事を言うグッグッグッ」

 

 

 

 

 

年美さん:「爆  笑」

 

 

 

 

先生:「日頃の”あ!ヤダこれ”があるよね?と、いう事は何が好ましいが分かるから怒りも止められる。普通そこから怒りになるものね。」

 

 

 

エイリアン:「そうです。その通りです。私は怒りになりますね。周りが爆破してますねてへぺろ でも、私からすると私が悪いんじゃなくて周りが勝手に爆破してるなぁって、みんな弱いなぁって思います爆  笑

 

でも、その逆を観るというのが出来ないじゃないですか。私には簡単には出来ない。私にはそれだけの能力がないとか、やっぱり”ない”方を観ちゃうので、先生の言葉は分かるのですがそれを活用する術がないといいますか。。。」

 

 

 

先生:「イヤを観るってもっと小さい事でいいのよ。例えば、この間講演会でも言ったんだけど、すごい有名なうどん屋さんにワクワクしながら行って食べたら”んハッ美味しくないショボーン”って思ったの。出汁は美味しいの。麺も美味しいの。でもぬるかったの。だから、私が求めるうどんの美味しさは、まず熱さが大切ってよくわかったの。

 

だって、あれだけお出汁が美味しかったら”あ!これ美味しいグッ”って思うはずなの。ぬるくても。麺の喉ごしも素晴らしかった。でも、そこよりも”美味しくないショボーン”と思ってしまったから、お出汁も喉ごしも当然好きなんだけど、熱いのが美味しいって思う人なんだなっていう収め方をしたの。こういう事なの。」

 

 

 

 

エイリアン:「びっくりびっくりびっくり」

 

 

 

 

先生:「これが小ちゃなイヤを”じゃぁ、自分は何が好ましい”って日頃観にいくトレーニングなの。ところが、エイリアンはうどん食べてぬるかったら『ぬるいじゃんムカムカ』ってお店の人に言うんでしょ?」

 

 

 

 

全員:「爆  笑爆  笑爆  笑」

 

 

 

エイリアン:「そうですね。もしくは、先にぬるいと言ってくださいって言いますね。自分がお店の人に聞かないにも関わらずねてへぺろ」

 

 

 

年美さん:「どこまでも人のせい爆  笑爆  笑爆  笑」

 

 

 

 

先生:「そう。そこの生き方をちょっとだけ変化させる。だって、そこで文句を言ったって何も始まらない。自分は熱いっていう事をうどんに求めていて、そこから美味しいお出汁の味がくるとなると、熱そうなうどんを出すお店に行けばいいの。だから、私最近それがわかったらから、うどんが食べたくなったら一人で美々卯のうどんすき(一人前)を食べるの。

 

おうどんが食べたいなぁって思ったら一人鍋を食べるの。出汁を追加してくださいって言ったら追加してくれるし、ずっと火がついているから最後のお出汁の一滴までアツアツなのチョキ 私は見つけたの。私はこれを最も好ましいと思う人間だったって。これを見つけるために”あぁイヤだなぁ”って思う事と出会って行くんだなぁって思ったの。だから絶望というものはない。

 

最も絶望を感じた時には、本当の人生の喜びがセットになっているからという、素晴らしいお話をしながらお別れですバイバイ」

 

 

 

 

先生の自殺未遂のお話は今日で最後ですバイバイ

 

 

自殺未遂の話から美々卯のうどんの話になるとは思いませんでしたが、質問をしてよかったと思います。私は、頭が悪いというか感受性がないからか、行間を読み解く力がないからよくわかりませんが、人が簡単に実行できることができないので本当に苦労します。

 

自分が飲食店で働いていたことがあるので、あまりお店の人には文句を言いませんが、友人や上司には文句を言いますね。普通の人は逆かもしれないですね。顔見知りの人には言わなくて、知らない人には文句いう人の方が多いような気がします。

 

最近イヤだなって思ったのは、些細な約束を人としたらその約束を破られたことですね。この場合、約束を破られるのはイヤだから言葉と行動が一致している人を好むということになるのでしょうかね。私も破ることがあるから、まずは自分がそういう人にならないとですね。毎日大変だなぁって思います。