昨日の自由についてのお話からです。
先生:「自由とは自分を頼って生きる事。すごい生命力なのね。自分で自分の生命力を鍛え上げていく。そして自分で自分の人生を切り開いて自由に生きていくことを自灯明っていうの。お釈迦様が亡くなられる前に残した言葉なんだけどね。自分を灯火としていけって。これがまさに生きるっていう事。仏教が目指すところはそこなの。この方が色々勉強をしようと思って自分で本を買っていろんなジャンルの本を読んじゃったんでしょうね。
一番危険なんですよ。仏教を学ぶためにそれをするのはすごく危険。一度瀧本の講演会を聞いてくれたら、やっぱりみんな仏教に興味を持ってくれるでしょ?そうしたらその後に間違いなく本屋に行くわけ。」
年美さん:「そうですよね。興味がでちゃいますからね。」
先生:「そうなの。ネットで仏教を勉強するのは絶対にやってはいけない手段で、なぜかというとやっぱり書籍化されるっていうことは一通りの審査が通っている。ネットは自由に書くんでやりたい放題なの。ネットの中で正しい教えを見つけるというのは、まぁ難しい…
けれども、やっぱり本当は新聞。新聞というのは宗教新聞ではなくて、一般紙が出している新聞の中から仏教コラムみたいなものがあったら、そこは100%信じてよし。新聞の記事にするってスッゴイ難しいからね。そして、新聞というのは根拠がないことは載せない。それが新聞の素晴らしい所。だからネットなんか危険すぎる。
ただ、ある程度この方が本をあちこち読んでしまうと”あ!この本面白そう。次はこの本”って、だんだん選んでいる本が、スピリチュアル系になっていく…」
エイリアン:「そうなんですよ
」
先生:「結局、何処かに行って頼めばいいとか何かブレてしまう。本当に自由に生きるっていう方向にちゃんと今いますか?っていう何かに頼る方向にスイッチされてしまうからね。」
エイリアン:「そうですよね
」
先生:「だから、自分が悩んだことを自分で解決できて、自分で一歩踏み出して行くっていう為の本になっていますか?」
全員:「![]()
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」
先生:「そこさえ間違わなければ、ご自分で勉強される事はすごくいいんじゃないかなって思うので、何か1つ言葉をくださいって言うならば
自由に生きよう!!
って言葉ですね。そういう意味で仏教はすごく厳しい学問なんですね。仏教で学んだ心の動きを自分で見つけられるようになって、自分で全部自分で善と悪が判断できるようになって自分で今やるべき事と、やるべきではない事がパッと判別できるようになって自分で歩んでいけるという事だから、仏教は本当に根性がいる
」
年美さん:「本当にそうですね
自力でちゃんとやっていかないといけんませんね。」
先生:「この方の短い質問で、どんな答えを出したらいいかわからなかったんだけれども、とにかく自分に頼って行くっていう事がテーマに仏教は繰り広げられています。何かに縋るとか、手を合わせるとか、何かを買って身につけるとか、パワースポットに行きましょうとか、そういう事をやっている限りは何かあった時に迷ってしまう、何かに頼ってしまう生き方になってしまうから、是非とも自由に生きるということをキャッチフレーズに頑張っていただきたいと思います
」
今日は区切りがいいのでこの辺で![]()
本当にまさしく私がそうでした。ただ、もともと人に頼れないといいますか、甘えられない人なので、スピリチュアルにさえ頼れない私はパワースポット巡りとか、言葉を言い続けるとかその手の本とかを読むとイライラするし反発したくなるし、読んだ方が疲れるので私は読むのをやめてしまいました。じゃぁ、どうすりゃいいんだ!と怒り狂っている時に瀧本先生にお会いして今に至ります。きっとお会いできてなかったら、どっかのセミナー行っていまだに講師の人に噛みついていたんだと思います![]()
私の感想ですが、スピリチュアルの本を読むと、なんか本の通りにしないといけないような気がするし、自分が本にコントロールされてしまうような危機感があったんだと思いますね。。。
でも、スピリチュアルで悩みがなくなった方や幸せになった方もいらっしゃるので、スピリチュアルがどうこうではなくて、私の性格の問題ですね![]()