昨日の続きからです。。。
先生:「もう一つは、心から誰かを愛するとその人との会話のやりとりとの中で、ちょっとでも自分の価値観とズレがあると大きなショックを受ける。あまりにもその人のファンになりすぎちゃったりすると起きるの。ちょっとでも会話のズレがあったりとか、その人の所作がちょっとでもだらしなかったりすると『なんでそんな食べ方するんだ
』ってなったり、心から好きな人に対してはズレが怖い。許せなくなる。
この2つから、アイドルではないけど前に出てる人ってファンの方がいるから前に出ているのであって、この2つの作用で絶対に叩かれるのね。だから、思うには批判されるということにおそらく問題はなくて、批判の正体を知らない事が問題かなって思うの。批判をする人たちの心の正体を知らない。そのことの方が問題なんじゃないかなって思う。」
年美さん:「先生もそうですよね?よく先生を知らない人は先生がすごく厳かなイメージがあって静かでっていうイメージの方が急に先生にお会いすると、そのギャップでショックを受けられる方がいらっしゃいますが、この心の作用があってそこのズレでそうなるんですね。」
先生:「そうなの。その時は”そうだったのね”って思うけどそれは仕方がない。その人の批評に合わせて七変化させてたら多分自分を見失ってしまう。」
全員:「そうですね。」
先生:「みんなそうなんだけれども、最も大切なのは他人から批判されたら期限良くはならないよね?誰でも。ただそこで落ち込むという心を選択していく必要がない。もちろん、自分をよく知る人からのアドバイスというのは、ちゃんと聞き入れて反省をしなければいけないけれども、自分をよく知らない人から批判されても何をされても、その前後を何も知らないで1つの部分だけを取り上げて、その人の自己都合に合わなかったら批判されるからね。
だから、そこはアドバイスなのか批判なのかを見分けるという事がすごく必要なの。アドバイスというのはほぼほぼその人を知っている人がやってくれるから、そこも聴かないというのは最も愚かな事だから、ここはちゃんと分かっておかないといけないなって思う。
もう1つこれはお釈迦様と師匠が口が酸っぱくなるほど言われていた事があるの。『光静、お前は前に出ていくから人から批判されるぞ。その時に心を絶対に傷つかない方法はどんなんだと思うか?』って、私が物事をどこまで理解をしているかという事をはかるために質問してくださったの。『それは心得ています』って答えたの。つまり、仮にお前はバカだとか最低だとか言われたときにガンと傷つく人ってどんな人だと思う?」
トヨさん:「自分でバカだよねって思って思っている人?」
れい子さん:「プライドが高い人ですか?」
先生:「そうそう。そこなの。あなたって最低だよね?って言われて、落ち込んだり悲しんだりする人は”自分は最高である”と思っている人なの。自分が本当に最低って思っていたら、なんでバレたの?ってなる(笑)」
全員:「![]()
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」
先生:「一生懸命賢者を装っていたのになんでバレたの?ってなるでしょ?だから、誹謗中傷を極端に怖がる人って自分の評価が下手に高すぎる人なの。だから、自分の評価を下げておく事が大切だと師匠が仰っていたの。自分がいかに愚かかということを知る。
愚者であると語るものほど賢者である
という言葉があるけど、つまりは、私は自分のことを低く低く見れるようにだいぶなった。だから、人から誹謗中傷されても『あ、バレた
』って、日頃カッコよく振舞っているけどバレた
って。」
年美さん:「先生は今も誹謗中傷があるんですか?」
先生:「あるある。でも、あるけど無くなったら逆に私の仏法が誰にも届かなくなるときだろうね。多分ね。わからないけど。。。だから、仏教ではとにかく愚か者になりなさい。本当に愚か者になったものを私は賢者と呼ぶって仰っていたの。
では、それができるようになったのは仏教のお陰ですか?自分を低くしておくって難しくない?」
全員:「![]()
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」
先生:「それと裏腹に名誉欲があるわけじゃない?」
年美さん:「そうですね。。。人からカッコ良く見られたいですしね。」
先生:「なのに自分を低くしておくってどうするの?」
トヨさん:「低くしながら自己肯定感は上げておくって事ですよね?」
先生:「そうそう。自分を低くするということは自己否定ではないってことなの。ここは間違ってはいけない。」
トヨさん:「卑下ではないということですか?」
先生:「自分の役割というのは必ずあるから、ただそれが出来ている自分が”凄いよね
”がいらなくて、私はこれをやっている。私がきちんと出来たことは立派である。自分で自己完結できる自己承認はやっていかないといけない。
これは仏教を離れて、私の個人的な意見だけれども、自分を低く低く本当に持てるようなったのは、やっぱり病気なの。」
全員:「そうなんですか
」
先生:「病気でなの。人生生きてるだけで丸儲けっていう、命の底辺を叩きつけられたとき、次の日の朝日が登ったときに幸せがMAXになる。本当に朝起きて自分で自然排便が出来たときも、自分の内臓がまだ私を排泄しようとしてくれているとか、死ぬってもう底辺に叩きつけられたから、全てが財産になったの。
この事か
って全部のプライドをなくしたら全てがOKになる。愚者になればなるほど賢者の道になるというお釈迦様の言葉はこれだったんだ!って病院で気づいた
」
全員:「
」
先生:「それまでは口先だけで言ってた
病気になって5年だから、この5年でやっと自分を愚者にできた。これは2度と忘れないかな。そこから何を言われてもどうでもいい。さて、今週もブツ切りなんですが、今週はこれで終わりたいと思います
」
今日で今週のラジオ内容はおわりです![]()
私がもともと人から批判されてもどうも思わないのは、自分の価値観が低いからですね。まぁ、自己肯定感が低いのでこれはどうにかしないといけないのですが、誹謗中傷に強く逆に、誹謗中傷に合うと今頃分かったの?って感じになるので全然気にならない。あと、私がエイリアンだからかもしれませんが、気にならないのは誹謗中傷してくる人の方が私よりも弱い人だと思っているからかもしれません。
中学の頃にクラス全員から無視されていた時に、一人の男子から『お前が学校に来ると嫌な気分になる』って言われた時に、そんな事でコイツを不愉快にできるんだ!ラッキー
と思ってそれから毎日学校に行くようにもなったし、そうこうしていると友達も増えてきて、私を誹謗中傷しているやつの方がイジメられるようになったので、やっぱり気にせず自分の考えを貫く方がいいんじゃないかなぁって思いますね。まぁ、自己肯定感の低い私が言っても説得力がないのですが。。。
逆にどうしたら自己肯定感が高くなるのか知りたいです。