さて、批判が怖くてアイドルを続ける事が怖くなってきている方のご相談です。

 

 

 

年美さん:「先生がよく言われているように批判は形を変えた賞賛だって。それだけ気にしてもらっている事。今ネット社会で検索するから色んなものが見えてきてしまう。だから検索しないというのも一つの方法だと思います。」

 

 

 

先生:「そうそう。書いてあった。検索しなければいいのはわかるんだけど、やっぱりやっちゃうって。あえてやってしまう。そうしたら、自分を応援してくれていると思っていた人が批判のコメントを書いている事があるのですごく辛いです。頑張りたいけどステージに立つのがすごく怖いですって。」

 

 

 

トヨさん:「また何か言われるんじゃないかって思いますよね。」

 

 

 

先生:「お釈迦様の親類にディーバダッタという方がいらしたんだけど、お釈迦様がどんどん人気者になっていく、どんどん教団が大きくなっていく。そのディーバダッタはそれを見ていて段々と嫉妬し始めたわけよ。お釈迦様が率いる教団が凄い団体になって一生懸命にディーバダッタはお釈迦様に詰め寄るの。『もう、こんなに大きな教団になったんだから部長や課長を作って組織としてまとめていかないと教団がメチャクチャになっちゃうから、その役割を私がしましょうか?』って言ったの。するとお釈迦様は『組織にするつもりは全くない。全員が横並びである。組織はいらない。』と仰ったの。で、ディーバダッタは必死になって『教団がグチャグチャになるから、私がまとめます』って言うんだけど受け入れられなかったの。

 

次にディーバダッタは、信者達にお釈迦様の悪口を言い始めたの。『お釈迦様はこの間修行せずに遊びに行っていたらしいよ』とか、そういうデマを信者に吹き込んでいったの。でも、誰も心が動かない。『なぜお前はそんな事を言うのか?それが真実であろうがどうであれ、今私はお釈迦様の元で修行している。私にはその情報は不要である』って、みんなお釈迦様の智慧が入っているから”え?そうなの?”って乗っからない(笑)」

 

 

 

全員:「それに乗っかる人はいないんですね(笑)」

 

 

 

先生:「それだけ釈迦の教えが統一されているって事だね。ディーバダッタはお釈迦様の批判も言ったけどみんなの心が動かなかったから、次に何をしたかというとお釈迦様の暗殺を考えたの。」

 

 

 

全員:「びっくりびっくりびっくり」

 

 

 

先生:「色んな手段を考えたの。お釈迦様が歩いていたら上から岩を落とすとか、一番有名なお話はお釈迦様が法話を説かれている時に、わざと象にお酒を飲まして凶暴にさせて釈迦を踏み潰すっていうのを企てたりとか、そういう怒り狂った嫉妬の矛先は実は殺人にまでなってしまう。このディーバダッタという人は結局、自分がお釈迦様を陥れようと思って作った罠に自分でひっかかって死んでしまうの。」

 

 

 

全員:「なるほどショボーン」

 

 

 

先生:「最後にお釈迦様はそれに気づかれて、なぜお前はそんな事をしたのか。お前の目的はこうやって死ぬ事だったのか?って言ってハタハタと涙をこぼされた。お前は私の素晴らしい弟子だったって、最後息が止まるまで側にそわれたというのが有名なお話なの。

 

つまり、真実を持って前に人が出て行くと絶対に叩かれるのね。人から誹謗中傷されてしまうことって2つの理由があって、1つは自分よりも評価されている人を見たときに、その人を悪く言いたくなるんだよね。その人を引きずり下ろしたくたくなる心理というのは、残念ながら我々全員の心の中にある。引きづりおろしたくなる。ムカつくみたいな心の作用が誰にでもあるから引きづり降ろされそうになったらそれはほっとけばよくて、それは自分の心にもあるから。誰にでもある心だから。”あぁ、自分はこの心を働かせないようにしよう”ってそっちで解決をして行きなさいという教えがあるの。

 

もう一つは、心から誰かを愛するとその人との会話のやりとりとの中で、ちょっとでも自分の価値観とズレがあると大きなショックを受ける。あまりにもその人のファンになりすぎちゃったりすると起きるの。」

 

 

 

今日は時間がないのでこの辺でバイバイ

 

 

お釈迦様も暗殺を企てられていたとは。。。しかも嫉妬で親類に。まるでテレビみたい。そして、最後は自分が作った罠に引っかかるなんて。。。昔も今も人って本当に変わってないんだなぁと感じます。あと、相談者の方が仰っていた、応援してくれていると思っていた人が実は違かったというのはそれはショックだなとは思います。

 

仏教がこのご相談をどのように導くのか楽しみですチョキ