昨日の先生の留学時のお話の続きです。
先生:「私はずっと鍵っ子というかお爺ちゃんと二人で晩御飯食べたり、時々兄と食べるんだけど母は画家だからずっとアトリエに籠って出てこない。父と母は別居しているから父はいない。。。だから、家族で食卓を囲む経験が人生で1回もした事がない。だから立ち位置がわからない。
お父さんという人がいてお母さんがいて、お母さんが食事を運んでいるときに家族は食事をしていて、そこに娘とちっちゃい子供もいて。。。順番がどうなるのかがわからない。テーブルのどこに座ったらいいのかわからない。海外のルールもわかない。。。
日本の友達の家に行ってご飯を食べたことは何度もある。その時は『おばちゃん!あのね
』って元気におばちゃんとお友達と話をするんだけど、まず話せない。。。と、いうことは空気を読まないといけないんだけれども異国の異文化でもうわからない
互角の問題ではない圧迫感がきて、これは私が望んでいた事とは違かったって思ったの。そこから2ヶ月でホームステイを解除して、そっから私はどういう環境で勉強したいと思っている人なんだろう?って考えたの。
つまり真逆を体験したわけ。やっぱり一人暮らしか?一人で?って思って、ドミトリーに入ったわけ。おっきな巨大な大豪邸の一室に住んだの。で、他は違う外国人が住むってやつ。でもそこも違う。結局行き着いて家を買ったの
」
年美さん:「アメリカでですよね?」
先生:「そうそう。そこで学校で得たアメリカ人の友達とかが毎日寄ってくれて毎日ホームパーティーしたり、、、あ!これが自分らしくどこにもストレスがなく過ごせるって思ったの。一人で過ごすってすごく大変なの。電気やガスを通すために電話したりするから。だから、わからなくても必死になって聞かなきゃ行けない。だから学校の友達に契約を手伝ってもらったりしたの。
でも、ホームステイは箱の中に入るだけで、そこのルールに自分が乗っかって行かなければ行けないけど、家族を知らない私にはそれがわからないかったの。で、自分で家を買って一からやったら実はそこはオアシスだったの![]()
で、それが今パニック障害の彼女は嫌だと思ったら、パッとそこを撤退するこのアクションに対して素晴らしいと言っているの。私は今後何度も留学しようと思っているけど、そこの滞在の仕方はわかっているから私はそのような形で滞在します!っていうのは見つかっているの。
ちょっと余談なんだけど、我々僧侶からすると彼女のアクションはものすごく羨ましいというか尊敬する事なの。それはなぜかというと、全部彼女は自分の心に従ってるのね。普通の人は何か辛い事とかがあったら自分の外の環境にフォーカスするの。あの人があぁだから、この人はこうだから、どうして変わってくれないの?自分の外の世界を変えようと必死なってしまう。自分の中や環境を変える事は消極的なの。自分の外を変える事にすごく興味がある。」
全員:「そうです!」
先生:「我々僧侶は自分の中を観に行く事を徹底的にやらされるのね。自分が一体何を良しとして何を悪とするのか。どういう事を考えてどういう事に嫉妬するのか。そしてそれをどうしようとしているのか。とか、普段は”もう
コイツがこんな事したから
”って外に向いてしまうエネルギーをなぜ自分はこう思ったのかって、自分の中を探求する事が本来の修行の目的なのね。
一番難しい修行はそこで、この彼女は自分の外に対して必死に働きかけるのではなくて、自分を取り巻く外界の環境を自分がどのように感じるのかという事をちゃんと理解をして、いまは相応しくないなって思ったらそこから立ち去る。もう一度チャレンジする。
で、また心の具合がおかしいなぁって思ったら、自ら心療内科に行ってみる。リセットしてもう一度カウンセリングを受けてもう一度何が好ましいのかってわかるためにやっていく。非常に自分の声をキャッチしている。我々僧侶からすると素晴らしく羨ましい
」
年美さん:「なるほど
」
先生:「だからパニック障害というそこだけをフォーカスしにいってしまうけど、いろんなところに不具合が生じているとか、なだらかな人間関係が行えないとか、そういうところをパニック障害として片付けてしまうと中々寂しいものがあるんだけれども、実際彼女がやっている事というのは、僧侶が目指すところであって本当に自己探求ができているすごい貴重な人生の時間だと思うのね。」
年美さん:「確かに。。。」
先生:「なので、お母さんがパニック障害になっている娘とどのように向き合ったらいいかっていう事だけど、どこをみるかっていう事なんだけど、自分の中をしっかり見つめて行っているのでそこを見守って欲しいなって思います。」
今日は区切りがいいのでこの辺で![]()
一般的にパニック障害とかそういう病にかかる方は、世間からすると根性がないとか他にもっと方法があったんじゃないかとか、患者さんを批判するような見方が多い中、先生の考え方はすごいと感じました。私は確実に前者だから。こういうものの捉え方や声の掛け方があるんだとすごく勉強になりましたし、僧侶の方の修行はすごい鍛錬だなぁと思いました。では![]()