今日は話がガラッと変わっておさらいのコーナーです。
全員:「おさらいのコーナー![]()
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」
年美さん:「お釈迦様のお弟子さんのお話で、托鉢修行に行くようにお釈迦様から言われて、その時にお釈迦様から『お金持ちの所に行ってはいけないよ。貧しい家から施しを受けてきなさい。』で、お弟子さんはびっくりしたんですよね。『なんで貧しいところにいかないといけないのですか?』と。」
先生:「お金持ちの家の方が貰いやすそうだもんね。」
年美さん:「実際、弟子が貧しい家に托鉢修行に行ったらやっぱり『あんたに渡す物はない
帰れ
さらに苦しくさせるつもりか
』というように石を投げられたり追い返されたりしたんですね。なので、お弟子さん達はお釈迦様に『やはり豊かな家に訪問すべきではないですか?』と尋ねたんですね。お釈迦様は『違うんだ。そうじゃないんだ。貧しい人たちは分け与える喜びや人のつながりを知らないから余裕があったらすると思っているがそうではない。そう思っているから分け与えてもらえない。それを気づかせてきなさい。托鉢修行はそのためにある。』と仰ったというお話があるんです。
私も初めて聞いたときは、お金持ちの家に行った方がもらえるんじゃないかって思ったんだけど、やっぱりそこには深い意味があって、やっぱり分け与えない人たちというのは分け与えてもらえない。っていうのはどういう思いというか仕組みがあるのかという事を自分たちの中で気づかせないと、いつまでたってもこの人たちっていうのは、そこから抜けれないんだよっていう事を聞いて”あ
なるほど”って思ったんです。普通で考えるとお金持ちのところに行ったらもらえると思うんですけどね。」
先生:「そうなのよ。確かにお金持ちっていう人の方がケチっぽいところもあるよね?でも、貧しすぎても逆にすごくケチになる。だから真ん中くらいが一番心が柔らかいかもしれないけど、確かにお釈迦様が一番お金のない家に行け!って仰ったの。そりゃ、お金がないのに頂戴って言うのもね。」
年美さん:「言いづらいですよね(笑)」
先生:「私たちは一口のご飯しかないのに、本当に数粒のお米でもいいですか?っていう、この心を養うと家庭の中が柔らかい雰囲気になったりする。その事をお釈迦様は仰っていたんだよね。難しいよこれ。」
年美さん:「できないけど、でもその気持ちがあるかないかで生活の豊かさが変わってくるっていう事ですよね?」
先生:「そう。昔自分が修行をしていたときに一読をして何か貰ってくるという修行があったの。修行僧が回ってくるだろうと知っているお家は栄養ドリンクなどを用意してくださっているの。首から頭陀袋(ずだぶくろ)を下げていると、『和尚さんこれを持っていって
』ってみんな入れてくれるの。
入れてくれるものがお金だったら、何も買えないから夜寝る前にちょっと飲める栄養ドリンクに当たるとすごく嬉しいの。綺麗なハンカチをくれたりするんだけど食べられない![]()
私がたまたま回った時に3センチくらいの小さい瓶に入ったものすごく栄養になるまむしドリンクみたいなやつを2本いただいたの。”ヤッター![]()
”と思って、今日の夜と明後日の夜飲もう
と思っていて、寺に帰って自分たちの班で『今日どんなやつ貰ってきた?』ってみんなが頭陀袋をばっさぁとひっくり返すとチョコレートとか出てくるのよ。私一本隠したもんね。」
全員:「え
そうなんですか
」
先生:「頭陀袋をひっくり返すフリをして1本隠した。分けられなかった。1本だけあるからみんなで少しづつ飲もうね
って飲んだ(笑)1本は自分で全部飲んだ
」
全員:「![]()
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」
先生:「ある意味本当に貧しかったのよ。心も。あれが5本貰っていたら出した。次の日も貰えるってわかっていたら出せた。これが最後と思ったら出せなかった![]()
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」
全員:「そうなりますよね...」
先生:「では、今なら同じ状況が回ってきたらどうなるんだろう?って思うんだけど、そこまでの究極の状況に実は誰もなってない。だから、さっき相談いただいたコーヒーカップさんにしても、たぶんもう心が寂しくて苦しくて、心がすごく乾いている状態だから何の案も出てこない。そういう時にラジオを録音して聞いてくださっているから、心に残る話をしていかなくちゃね![]()
仏教を勉強する上で一番大切なことは何だと思う?」
全員:「素直さ?順序?自分をコントロールすること?」
先生:「みんないい答え
だけど、違う方向に行っちゃった(笑)仏教を勉強する中で一番大切な事は、
どんな話でも自分の事のように聞く
って事なのね。どんな話でも。自分とかけ離れていてもね。家に帰ってこれは夫に話そうとか、だれかに諭すための話ではなくて自分の心の中を探すとやっぱりあるからね。他人事として聞くのではなくて自分のこととして照らし合わせて聞くと、どの話を聞いても痛い。チクチクする。でも、チクチクした後にそうかそうかと入れ替えることができるからね。そんな話をお届けしていきたいと思います〜![]()
」
今日で今週のラジオは終わりです。
托鉢修行の話を聞いて母のことを思い出しました。私の家は貧乏なので人に分け与えるということが一切ない家でした。ジュースとか買うとタダでついてくるバッチの景品とかどこかで配っている無料のポールペンなどがあると全部もらってくる母でした。なので、私からすると家はゴミの山。母からみると景品の戦利品。
ある日、大きめのダンボール1箱分になったので、近くにある障害者学校に寄付したらどう?と母に提案すると烈火のごとく怒られたのを思い出しました。そのダンボールの中にある景品使わないし開けたことないじゃん!と私は思ったし、何でこんなにケチなんだろう?って母を軽蔑してましたが、実際は母の心が貧しかったんですね。ただのケチな人なのかと思っていました。金銭的に余裕がないと心も貧しくなってしまうから怖いですね![]()
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