では、早速昨日のリスナー(コーヒーカップさん)からの質問の続きです。
先生:「先日東京である生命保険会社の本社で講演会をやって来たの。(その内容のブログはこちら)
その時は全員が私を知らない。袈裟で舞台に登場して、しかもその保険のトップセールスの方達の中での講演会をやったの。坊主が何しに来たんだ
っていうようになってしまうかもしれないから、私たちはあなた達の苦しみ良くわかりますよって最初に言う。
昔外資系商社を立ち上げてこんな事をやってましたよって、だからみんな毎月売り上げがあって、売り上げが達成できて31日から1日に変わる恐ろしさを私は知っている。どんだけ売り上げたってそれが全て0に戻る。そしてまた戦略会議があって今月は何%達成だって達成したら、また1日には0に戻るっていう、あのストレスはたまらないですよね?その数字に追いかけられる恐怖、追いかける喜びもあるよね?とか、その仕事の精神とプライベートの精神を同じにしてしまうと疲れてしまうよっていう話をしたわけ。
みんなが”これは面白そうだ
”って聞く体制になったの。っていうように、
知らない人には、まず自分の状況を伝える
っていう事が大切。お釈迦様が托鉢修行をされていた時に、ある農夫の所に行って『私に食べ物をください』って言ったの。その時農夫がお釈迦様だと知らなかったからだと思うんだけど、お釈迦様にこう言ったの。『私はあなたのような人に何もあげる物などない。私はこの畑に野菜が出来ているけれども、これは私が朝起きて種をまいて土を耕して水をやって1年中かけてやっと野菜ができた。これを”食べ物ください”とあなたにあげる物はない。あなたも畑を耕したらどうだ
』ってお釈迦様に鍬を渡したの。野菜が食べたかったら自分で耕せってね。
そうしたらお釈迦様がなんて言ったかというと『私も農夫である。』って言ったの。すると農夫が『私はお前のような者が鍬で畑を耕している所を見た事がない
』って反論したら、『私は信仰という種をまく。そして苦行という雨を受けて努力という軛(くびき)をもって貴方の心を、あなた達の畑を耕しているんだ。そして私はその努力精進という肥料をやりながら、そしてあなたの心に豊かな果実を実らせるであろう。あなたはもうすぐその果実を獲る。』って仰ったの。
『だから私も農夫である。私も朝起きてから修行して自分の心が悪いことに染まらないように、私の心が嘘をつかないように、そして私と一緒にいる弟子達が悪いことを考えないように、常に畑に目をやって常に干からびた心には水をやって、肥料をやって私も農夫である。』って仰ったの。すると、その農夫の人がお見逸れしました
となって、お釈迦様の弟子になったっていうお話があるの。」
全員:「![]()
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」
先生:「だから、農夫の人には私もあなたの痛みがわかる。なぜかといえば実はこういう事をやっているからっていう、自分の身を明かすというか、ここをせずしてこの人間関係が悪くなって仕事辞めようかな?とかはちょっと違うんじゃないの?って思うので、やっぱり自分の人生で自分しかわからない事は、キチッとご挨拶をする事をなさってみてはいかがかなって思います。」
今日は区切りがいいのでこの辺で![]()
このラジオ内容を書き起こしていて、お釈迦様が雨を苦行を表現されていたことに驚きました。私の中では雨は恵みで苦行は突風とか台風とか無くても生きていけるようなものかなぁと思ったのですが、雨が苦行なら自分に辛いと思う出来事も必要なんだなぁとしみじみ感じました。辛い事を全部なくしたいと思っていたけど、その考え方が自然の摂理に反していたのかも?って思えた事が変化ですね![]()