今日は先生が刑務所で面談された方のお話です。
先生:「私いま刑務所で面談したとこなんだけど、その人は49歳の女性で横領と詐欺未遂だったかな?その人が今から約3年ほど入所するから、一生懸命仏教を伝えたの。出所するまでに心を守らないといけないからね。『省みる一点というのをあなたはこの教えを絶対に毎日思い出しなさい。それから物事をこうやって捉えるようにしなさい。今は絶対無理って思うかも知れないけど、毎日ちゃんと心に言い聞かせたら、出所する時・仮釈放になるぐらいの時には”もう絶対こういう心で行こう
”って心が変わるから。いまはハードルが高いかも知れないけどこれを毎日考えなさい。』っていろんな話をしてあげたの。
その人は最初『本当にお金がない苦しみを先生は感じたことはありますか?』ってバーッと泣き始めたの。『私はお金がなくて苦しかったから窃盗したんです!』っていうから”ナメるなよ
”って思ったわけ」
全員:「![]()
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」
先生:「その人はオレオレ詐欺の受取人だったの。『私の苦しみわかりますか?』って言うから、『ちょっと私をナメたら困るよ。』って言った後に何を言ったかと言うと
私だって同じ立場だったらやったと思うよ
って言ったわけ。あなたが罪人だって言っているわけではなく、私だって本当にお金がなくて来月の家賃が払えない。美味しいご飯が食べれない。電気が止められたってなってきた。その時にたまたま人から誘われて振り込め詐欺の受取人役というので一回何十万ももらえる話が来たら私もやると思う。
だから『お金がない苦しみわかりますか!』って言うけど『お金の苦しみどうこうよりもそこではなくて、その縁が巡った時にそれを絶対やってしまうことを知っているから、私はその縁が巡らない努力を今もしているのよ。でもあなたはそこではなくて、お金がないからって犠牲者になってお金がない苦しみわかりますか?って論点がズレてるの。
人生はいろんな縁が巡るから。縁が巡ってしまったら終わりなのよ。目の前にそこに縁がきたら絶対人はやっちゃうの。ね!だから、お金がないのが問題ではなくて、縁が巡ってしまった時にいかに自分を自制するかという自分のストッパーを、あたなはたまたま持っていなかっただけだから、だからこの教えをストッパーにして2・3年の間に自分の中にしっかり何重層とストッパーを作ってきなさい
』って言う話をしたの。で、その時に私が話をしたのが、飲水思源(いんすいしげん)のお話をしたの。知ってる?」
トヨさん:「はい。蛇口をひねれば水が出るのが当たり前だと思っているけど、水が出るまでにどれほどまでの人の手がかかってあなたの手元のコップにお水がきてるかってことですよね?」
先生:「ノートを開かずスラスラとすごい
そう。『我々は一番手前の一番近いところの結果だけを見て”それのせいでこうだ
”って”これ”がそうしているって思っちゃうけどそこじゃないよね?その奥にもっともっといろんなことがある。でも、一番手前の結果論に支配されて一番手前の結果論が全ての原因だと思ってしまう。それさえなくなれば、それさえ手に入れば。またはそれさえ変更すればどうにかなると持ってしまうけどもっとその奥。どうしてそこまで至ったか。っていうもう一つ前。そのまたもう一つ前。そのまたもう一つ前を見て一番の源を振り返る心を養っておかなければ私たちって一番目の前にある結果論に是非を解いて、良かれ悪かれと良し悪しを解いて心が振り回せれていますよね?って。だから、この刑期の中でとにかくよくよくこの話を思い出して、自分がもう一個向こう、もう一個向こうって心を観ていくことを考えなさい』って言ったわけ。
その彼女がパタパタと泣いていたんだけど、だけどこれって本当に日頃の我々に言えることで、例えば今でもトヨがパッと機嫌悪そうな顔をしていたら”なに
今から収録するのに
”って思う。でもトヨはすごくお腹が痛いかもしれない。眉間にシワをよせていたら”もっと笑顔で”って言ってしまうかも知れない。一番手前事で決めつけてしまうということがあるから、逆に決めつけてしまう自分だし、決めつけられてしまう立場でもある。だから、決めつけられても仕方がないのはわかっておかないとね。」
今日は時間がないのでこの辺で![]()
いつも先生が受刑者の方のお話をされる時、私も同じ立場なら同じことをしてるかも知れないなぁとよく思います。この受刑者の方の考えと私の考えも良く似ていて、お金があれば詐欺未遂をしなかったから、お金さえあればいいんだって思ってしまう。なぜお金と縁がないのか。なぜ犯罪の話がくるような縁を呼び寄せたかではなくて。縁は目に見えないから、目に見えるお金などの物質を変えようとしてしまう。私と何も変わらない。。。
私は先生が受刑者の方に解かれた仏法やお話が好きなのでたくさん伺いたいなぁと思います。