では、早速昨日の続きの自分の心の傷を観に行くことの続きです。

 

 

 

 

先生:「あれは違ったんだ!あの時はあれでよかった。ただ、いま自分が生きて行くときに作ったルールは一切必要ないんだって切り離さないといけない。前のルールの上にいまのルールを乗せたらダメなの。ここを切って離していくってこと。

 

みんなが優しくしてくれたら”あ!私の人生は次に動き出したグッ”っていうように今のみんなの心をそのままもらう。例えば、『可愛いねとか、今日あなたの為にこうして来たよ』って言われたら『瀧本先生に会いたかっただけでしょえー』っていう思考が追いかけてくるわけよ。だってその思考の方が不幸だから。

 

不幸の方が自分は幸せだと思っている。小さいときにルールを作ったから。あれが愛されているんだって信じようと思ったら

 

 

 

 

私は不幸の方が幸せ

 

 

 

っていう、つまり幸せのシステム化がミスマッチなの。」

 

 

 

エイリアン:「はい」

 

 

 

 

先生:「これがあったら幸せと人は幸せになるために何かとセットアップするという考えを持つ。だからある意味不幸なんだけどね。その幸せのシステム化は正しいですか?っていつも面談でもいつも言う。これがあったら幸せ。例えば息子が東大に入ったら幸せとかね。本当ですか!?じゃぁ、息子がフリーターだったらあなたは不幸ですか?いや、本当に東大行ってもらわないと!って言うモンスターが本当にいるからね。

 

じゃぁ、それって息子が東大に行かない限り幸せになれない?逆に息子を不幸にしているよね?みんな幸せのシステム化を間違っているところがあって、どれが幸せのシステム化ですか?って言ったら千差万別だから正しいはないと思う。または、その場その場の状況で変わる。でもやっぱり笑顔でいれたら幸せ。当たり前のところだけど、友達と一緒に笑っていたら幸せとか、自分の役割がちゃんと果たせたら幸せとか、もっと下のところに幸せのシステムってあるよね?正しい幸せのシステムって本当に低いところにあるんだけども、その中の最もエイリアンが幸せのシステム化でそろそろ”こうなったら幸せ”っていう幸せのパートナーを変えて行こうよ!っていう話を今しているの。

 

不幸な解釈をした方がまだ守れるものがある。そこを勇気を持って認める。そこは負けじゃない。認めることは負けじゃないし、自分に対しても負けじゃないし、人に対しても負けじゃない。エイリアンが本当にそこのシステムを交換して行く、不幸な解釈は不幸だわとわかるべきで、幸せなことを言ってもらったら”それって幸せなことじゃん”っていうように、システム化の中身をそろそろ本気で観て取り替えが必要なの。

 

そこを観るのがやっぱりまだ怖いのよ。その怖いというこの単語がエイリアンの心を捉えない。もう少し違う単語がある。そのシステムを変えることが怖いということよりも、うーん。。。。納得がいかない、うーん。。。かっこ悪いかな?」

 

 

 

 

エイリアン:「認める事がかっこ悪い?あぁ、なるほどビックリマーク今聞いていて思ったのは、それを経験してしまうと私は泣かなければいけないので、泣く事に抵抗しているんだと思います。先生の話を聞いていて思うのは、私本当に泣くという事がないんですね。だけど、今ブログを書いていてたまに、泣く事はなくても泣きそうになることはあるんです。でも泣きそうになるときにやっぱり抑えるんですよね。感情を。泣いてしまえばいいのにね。」

 

 

 

 

先生:「泣きそうになったらそのまま感情をゆるましたら泣くじゃない?」

 

 

 

 

エイリアン:「泣くな!ってっていうように指示がきます。」

 

 

 

先生:「じゃぁ、その泣くなっていう指示が聞こえるじゃない?でも泣いてもいいんだってそこに許可出せる?」

 

 

 

全員:「おーびっくりびっくりびっくり」

 

 

 

先生:「これもシステムの交換なの。もしも、泣いたらどうなるの?」

 

 

 

 

エイリアン:「泣く事が最も悪な事なんですよね。」

 

 

 

先生:「悪なのかビックリマークなるほどね。」

 

 

 

エイリアン:「泣くと余計殴られるからエンドレスになるんですよね。」

 

 

 

先生:「それは昔泣くと余計殴られていたからでしょ?でもそれは何十年の前の過去のことじゃない?そのルールって平然と考えたらど思う?そのルールはひょっとしたら間違えてるかもよ?」

 

 

 

エイリアン:「間違えてるって頭では思うんです。かつ、先生が以前こういう人を見たら愚痴りたくなる時を見なさいって事をおっしゃっていたと思うんですが、私それ泣く女なんですね。

 

もっと嫌いで泣く女が。泣いてかよわく見せる人とか、私はこんなに辛いのって言って泣く人いるじゃないですか。そういう人を見るとイライラするんです。」

 

 

先生:「私も苦手爆  笑」

 

 

 

エイリアン:「不幸な話をしてないている人とかを見ると、目潰ししたくなるくらい嫌なんです。だから凄い泣くことに抵抗があるんです。自分の辛い経験を思い出して泣くことになるし、しかも弱い女ではいけないというルールも私にはあるんです。私の母が本当に強かったので。いろんないけないが”泣く”というのにぶら下がっているんです。」

 

 

 

先生:「弱くあってはいけないっていうのも、エイリアンのシステム化の1つだし、泣いてはいけないっていうのもそのシステムの1つだし、パーツ替えをしないといけない幸せのシステム化がいっぱいあるのよ。だからそれを1つづつ観ていけっていう話をしているの。」

 

 

 

カズさん:「ちょっと質問なんですが、エイリアンが泣けない、泣いちゃダメだっていうルールがある。そのルールを変えるための方法は、泣きそうになるときに自分に泣いてもいいんだよって許可を出す事を繰り返せば、そのルールって変わって行くんですか?」

 

 

 

先生:「変わって行く。ところが、一回出せてもすぐ戻るのね。一回自分で泣いてもいいんじゃんって一回泣いてみる。思いっきり泣き崩れてみた。でも次の日はまたルールは元通り。形状記憶みたいなものよ(笑)

 

元に戻るのよ。元に戻ったら、やっぱり泣いてはいけないっていう認識からまたスタートする。けれども、また何かあったら泣いてもいいって、もしまた泣けてもまた形状記憶で元に戻ってしまうよね。そこの繰り返しを怖がらない。

 

それ以外に何個もあるわけよ。こうではいけない。なぜならば泣かない方が幸せだから。こうではいけない。なぜならそうしない方が幸せだからっていう。そのパーツが明らかに不幸だよっていう方をエイリアンは選んでしまいがちじゃない?これを一つづつ全部入れ替えて行く手間って結構時間がかかる。時間がかかるけれど、何をどうして行くべきかはもう知ってるの。頭ではね。それを実践してもらいたいという狙いもある。」

 

 

 

 

今日は時間がないのでこの辺でバイバイ

 

 

この内容を書いていて思ったのは、泣く女が嫌いなのではなくて、その泣く女は母の事なんだと思いました。夫婦喧嘩をして母が泣くと父が謝っていて、子供の頃それを見ながら、何で殴られないんだろう?私は反論することも許されないのに不平等だなって思って、泣きたいのはこっちなのになって思っていたのを思い出しました。

 

先生が以前、自分が腹をたてる人は羨ましいからとおっしゃっていて、その時はよくわからなかったのですが、きっと子供の頃自由に泣きたかったんでしょうね。

 

ラジオに参加して思ったのは、私にはいろんな不幸なルールがあるようで困りました。本当に時間かかるかも汗