では、早速昨日の続きです。。。
先生:「これから何が訪れるか自分が意図として、自分が望んだ/思考したものを、ずっと仏教の時間軸の中で受け取って行くんだけれども、自分が意図としていなくても、自分がそこにセットした記憶がなくても1つだけ絶対にやって来るびっくり箱はなんでしょう?」
全員:「死
」
先生:「そうね。これはどこでやって来るかわからない。明日かもしれない(笑)いつもベルトコンベアーの話をするときに、いつか必ず色んな事がやって来る中で、え?ここに自分の臨終があったの?っていう話をするときに、オモチャの黒ひげ危機一発みたいなスリルを思い出すの
」
年美さん:「でも、そうかもしれないですね。」
先生:「それが、全員のベルトコンベアーの上に乗っかっているの。それをまだかなぁって、自分がワクワクすることをベルトコンベアーに載せればいいんだけれども、仏教がこの時間軸っていうのを持っているから、とにかく
今苦しんでいる人はもう苦しまなくていい
ていうことなの。
でもね。過去にあった事が私を形成しているという概念が根強い
」
年美さん:「習うまでは知らなかったです。」
先生:「この考えが根強くて”あの事があったから、私は親に腹が立っているとか。親を恨むんだ
”っていう怒りっていう感情は違うんだよっていう話を先週したのよね。ずーと感情を見つめて行って怒りが消えないのであれば、あなたそれは怒りじゃないですよ?ひょっとしたら悲しみかな?寂しさかな?侘しさ?色んな心に置き換えてみて感じなきゃいけない。感じて見るべきなんだけれど、怒りだって信じておきたいから本当の心をみると辛い。
でも、本当は辛くないのよ。辛さを終了させるためにそれをするからね。そこはちょっと乗り越えなきゃいけない。ちょっと精神力を使うからなかなかみんな”これは怒りだ
私は恨んでいるんだ
”と思っていたほうが強くいれるんだよね。だから、悲しい・侘しい・寂しい・独りぼっち・ぼっちちゃんを見つめなきゃいけない。あれは結構な惨めというか辛い。自分のこのぼっちちゃんを認めたくないからね。でも、皆さん観にいってください
」
トヨさん:「仏教の勉強を誘っても『行かない』って言う人は、そのぼっちを感じなければいけないのがわかるから来ないんですかね?」
先生:「そんな次元じゃないよ。宗教だから怪しいからよ
」
年美さん:「宇宙時間なんて言っていると余計怪しいですよね(笑)」
トヨさん:「そうですね。もう普通になっちゃってる
」
先生:「トヨは、今まで色々勉強してきたと思うの。たくさん時間をかけて勉強してきたじゃない?それでよく怪しい仏教勉強したね?」
トヨさん:「あー、それは最初に行ったときから”すごい
”って思ったんですね。」
先生:「でも、えー?仏教
。。。って最初なかったの?」
トヨさん:「先生のところに行くまではメチャクチャありました。」
先生:「メチャクチャあったでしょ!なら、どうして来たの?」
トヨさん:「やっぱりそれは、紹介してくれた人の信頼感ですね。そこが大きかったですね。そして、行ったときの先生の雰囲気やお話が、今までの仏教のイメージをグッとグーッと変えるものだったんです。」
先生:「ガラッと変えたとしても、仏教は今までの自分のイメージとは違かったって思っても良かったじゃない?そこから、トヨがちゃんと勉強を始めてくれたっていうのはなぜ?だって、今までたくさん勉強してきてるじゃない?そこには何があったらから?」
トヨさん:「学び+行動。実践行動学だったからです
学びだけならたくさんあるし、学ぶことはたくさんして来たけども具体的な実践行動学っていうところがすごくヒットしました。しかも強制じゃなく学んだ後やってみたくなる。行動を変えていかなければいけない。学んでいるだけではだめ。先生がいつもお話しされている、知っている
わかる
できる
習慣になるということをやっていかないと一切変わらないっていうことを実感したんです。で、それが強制ではなくやってみたくなる。そして、ちょっとやってみたら違う結果が出てくる
これにハマりました。」
先生:「なるほど
そして、この話し方は才女だわ
」
今日は、トヨさんの才女が明確になったところで終わります![]()
私は仏教だけでなく30歳過ぎから宗教にハマる人は自分の芯がない弱い人だと思っていたので、自分は絶対に宗教のお世話にはならないと小学生くらいから思っていましたが、まさか自分が仏教を学んでいるとは驚きです![]()