以前の私は人と比べてよく嫉妬をしていた。それがピークだったのは中・高校生の頃だったと思う。まず自分が人と比べているという事も当時の私は気がついていなかったし、人と比べることが普通だと思っていた。私は人のせいにするのが好きなので、この人と比べて嫉妬する事すらも今から人のせいにします。

 

 

 

よく母から叱られるときは必ず「〇〇ちゃんは頭がいいのにどうしてお前はとか、〇〇さんの旦那さんは優しいのにどうして私の旦那!とか、〇〇さんはお金持ちなのにどうして私は!とか」母の愚痴がよく人と比べていたので自然とそうなってしまったんだと思いたい。そう、これは環境の問題で私のせいではなく逆に私は被害者なんです!私が、もっと心も経済的にも裕福な家に生まれていたらこんな性格にはならなかったと当時の私は本気で思っていた。いや、いまも思っている。

 

 

 

 

話を戻して、私は中・高校生の頃友人に腹を立てていた。「私を踏み台にして幸せになりやがって!!」と心の中で思っていた。では、どういうときにそう思うかというと、私が見下している人が私よりも笑顔で幸せそうにしている時にそう思う。この”見下している”がポイント!このブログを書きながら失礼なやつだなぁと自分でも思うが、本当にそう思っちゃうんだから仕方ない。

 

 

 

さて、私はどういう人を見下すかというと自分の意見を言えない人、わかりやすく言うと大人しい人を見下していたように思う。例えば、喫茶店などに入ってメニューを決められない人や何がしたいか聞いても答えない人。なんで自分の気持ちを言葉で伝えられないんだろう?だったら死んでるのと同じじゃん?って思っていたし、たぶん私はその人に思っていることを悪気なく言っていた。で、あまりにイライラするもんだから、私のグループではなく違うグループに行ったほうがいいんじゃないかなぁと思って、私が違うチームに口利きをしたら、後日その子が他のグループで幸せそうに笑っているのを見て一言。

 

 

 

私を踏み台にして幸せになりやがって!!

 

 

 

心の中で叫ぶ。

まず、彼女は私を踏み台にはしていない。私が口利きをしたのだから。だが、そんな事実は腹が立っている時は関係ない。

たぶん、私は他のチームに行ってもつまらなそうにしている事を期待していたんだと思うし感謝してほしかったんだと思う。当時は彼女だけでなく、私と関わる人がどんどん夢を叶え幸せになって私一人だけ取り残されているような気がして本当に辛かった。そして、この感情が嫉妬だという事にも気がつかなかった。そういう現象だと思っていた。それに気がつけたのが瀧本先生のブログのさらば嫉妬よだった。

 

 

 

先生のブログには、「身近」+「見下し」=嫉妬になるそうであぁ、本当にそうだ!と腑に落ちてスッキリしたのを覚えている。そして、この頃他人を嫉妬しなくなったのは”人を見下さなくなった”からだとも思う。人を見下さなくなったのは、先生の勉強を初めて一年半くらい経った時だったと思う。まだ、羨ましいと思う人に対して心から祝福して「教えてくださ~い」の心を抱くようになるという境地には至っていない。教えてはもらうが、その人がもし「苦手な人にも笑顔で接するようにしたの」なんて聞いたときは「さぁ真似しよう!」ではなくて、「苦手な人には笑えないな」これだな違いは。となるだけで真似しようとしない。さすが愚か者だ。

 

 

 

嫉妬に関してはまだネタがあるので、また今度書きたいと思います。では良い一日をバイバイ