昨日書いたブログ内容に誤りがありました。今日は訂正したいと思います。どこが誤りかというと”両親への恨みの感情をほっておいたら治った”っという箇所です。ほっておくくらいで恨みの感情は減らないし、ほっておけないから恨むのであってそう簡単にほっておくこともできません。私の経験談を書く前に以前の私を書きたいと思います。
私が参加した多くの自己啓発セミナーにいくと、過去の嫌な出来事を思い出しその嫌な思い出に対して記憶を塗り替えるというか、無理やり好転するような自己暗示にかけるか、もしくは、その過去の嫌な出来事に対して気にしないように意識をするかの2点に別れます。トラウマ外しといわれる作業になるのかもしれません。
ポイントは全て過去の出来事を思い出し、その過去に対する出来事の感情を引っ掻き回そうとしているということ。そして、私は過去の嫌な出来事を思い出し、それを冷静に見つめることが『自分を観る』ことだと思っていた。そしてそれは、なんかおかしいと長年思っていた。なぜかというと、過去の出来事、つまり私の場合両親の事だが、どんなに恨みの感情を冷静に観ようとしてもどうにもならない。そして、周りの人を見ても無理やり”良かった”と自己暗示にかけているようにしか見えない。心の底からの”良かった”に聞こえない。(それは私がひねくれているからだと思います)きっと何かがあったら心が壊れちゃうだろうなと感じることがある。<これは私の個人的な意見で、私以外の人にはとても効果的なセミナーだったのですが、私がエイリアンで人間ではなかったので効き目がなかったんです>
また、そういう人はそのセミナーで発見したトラウマというか過去を武器にする傾向がある。ある時、セミナーで知り合った男性があまりにも頼んだことをしてくれないので喧嘩になった時、相手が「私は母親に愛されなかったから女性が怖い。」とか泣きながら言ってくる。それも事あるごとに毎回同じ理由。。。それで私がブチギレるということがよくあった。泣けば許されると思ってんじゃねぇ
怖いのは女性ではなくて私
依頼したことをやらないのはあなたの母のせいじゃない
親のせいにするんじゃないよ
と他人には怒鳴りながら言えるが、自分も同じ![]()
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親のせいで喧嘩っ早いと思っていし、親のせいで人生生きづらいと思っている。たまたま、私が参加していてセミナーがきっと特殊だったのかもしれないが、私とその彼以外にも多くの人が、その『自分を観る』ことによってより過去の苦しみが鮮明になるのと、自分がこうなったのは過去のせいだと怒りが倍増することになる。私にはこの手の手法は逆効果だった。
そして、瀧本先生からいろいろ学んでいるうちに「過去」よりも「今」が大事なんだとなんとなーく感じるようになりました。
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そこで、ラジオに出てから「今」を考えるようにしました。どうしたかというと、例えば出勤中に親のことを考えたとき、独り言で”今日のランチなに食べようかな。親のことはランチの時に考えるわ”とか、ランチの時は”いま親のことよりも食べることに集中したいからおやつの時間に考えるわ”とか、そういう独り言を言っていました。そうすると、親のことを考える頻度も少なくなったので、いまは恨みの感情は少なくなりました。正直”なくなりました”とはまだ言えないですがすごく楽です。
先週の日曜日に、東京で瀧本先生のお話会があり『自分を観る』とはどういうことなのかを、懇親会会場に行くときに質問させていただいた。質問内容は、
「自分を観るとは過去の出来事を観ることだと思っていて、同じような記憶しかないし、毎回嫌な出来事を思い出さなきゃいけない。きっと先生がおっしゃっている自分を観ると違うことを私はしているんだと思います。」と質問させていただいた。
そして、歩きながら先生は、「それは全て過去だよね。自分を観るは『いま自分が何が好きか』を感じること」
それを聞いて、私はお話会でもラジオでも散々聞いているのに、また同じような事を聞いてしまったと項垂れてしまった。でも、とても新鮮だった。今までは過去に焦点をおいている考え方を習っていたので、『自分を観る』って同じ言葉なんだけれどこんなにも違うんだと発見できただけでも本当によかった!と思った![]()
きっと、未来の私もアホなので今後も人を恨んだり憎んだりする事もあるでしょう。そのために今日書きました![]()