では、早速昨日の続きを。。。

 

 

「許せないだけのことをされたんだから許さなくていいのよ。というか無理やり許せるわけがない。ただ、その許さなくていいというのは恨み続けろという事ではなくて、そこは”あきらめること”が大事。この”あきらめる”というのはもういい!って開き直る事ではないの。あきらめるって仏教用語なの。明らかに観るってこと。

 

恨むことは人生に必要ない。あきらめること。こういう人たちでしたって。

今生きているのは親のおかげだけれども無理して感謝する必要もない。できる時になったら勝手にするから。無理やり感謝できるものでもない。」と静かに目を見つめながら瀧本先生は話された。

 

 

 

私は、自分が幸せになるためには一刻もはやく親との関係を修復しないといけないと思っていた。そうセミナーなどで言ってるし。動機がそもそも不純。そして、関係を修復するには自分も変化する必要もあるが、親も変化する必要があると思っていた。お互いが歩み寄る必要があると思っていた。私の親がわたしの望み通りに変化するというのは絶望的なことなので私の人生終わったなと思っていた。

 

 

 

 

瀧本先生は続けて、

 

 

「大切なのは過去にどんな出来事があろうが、いまの人生に影響を及ぼすことがあってはならない。人生は書き換えができるところと、書き換えができないところがある。その親から生まれたことは書き換えができない。自分で選んでないでしょ?そして、最初は愛があったこの一点だけは忘れてはいけない。だって、人間の子供はあまりにも未熟で、そのまま放置されたら死んでしまうんだから。ただ残念なことに、そのあとにいろんなことが起きる。その経験も書き換えができない。

 

そういう経験があったから人や自分を愛することができない。というところは書き換えができる。イコールではないの。その部分は切り離しておかなければいけないこと。

 

影響を及ぼすことを選んでいるのは自分なの。被害者として人生を歩んでいる人は人を恨んで生きることになる」とお話された。

 

 

どうしたら被害者の人生から脱出するか、それは明らかに観る事。ただ、自分が望まない過去があった。それだけ…



しかし言いたくなる。貴方達の育て方が悪くて私はこんな生き方をしているんだビックリマークビックリマークと。どんだけ被害者人生が好きなんだと自分のアホさに笑えてくる口笛口笛口笛




お話を伺ってから約半年。だいぶ感情を切り離せるようになったが、まだ怒りが吹き出すことがある。今後も自分の感情がどのように変化したか書いていきたいと思います。未来の私のために…

 

ー・ー・ー

 

さて、私は先生がお話しされていた時に、どんなことを考えていたかというと、「あなたの両親がいたから生きているのよ。」とか言われると”あんなに殴られることが続くなら私を殺して欲しかった。生かすこと=愛って言葉使うのおかしくないですか?”と思っている人なので納得できずにお話を伺っていた。だが、被害者として人生を歩んでいるというのは確かだと思う。私のような経験をしていても毎日笑顔で幸せに生きている人は絶対にいるのだから。そう考えると今までセミナーなどで推奨されていた”両親との関係の改善”をしなくても幸せになれるんじゃないか?と思い始め、本当にもう被害者として生きたくない。とっとと実践しようと思い始めていました。



しかし、実践してみるとやっぱり恨みの感情に馴染みがあるし恨まないのはきれいごと。自分に嘘をつくのはイヤだ!が強くてなかなか変化がありませんでした。なので、ほっておくことにしたらだいぶ治りました(笑)



詳しくは1月のラジオを視聴していただければと思います。データを取っている方がいらっしゃれば、その方から頂いてくださいねニコニコ