ジャーニーギター🎸
を
今日は、
エリアフリーで
聴いた。
2017年
7月16日OnAir
前回に
続いて、
カヤックの藤井さん
との 対談。
藤井いちろうさん
は、
超一流の商社マン
だったそう。
うん十年前から
宮古島に
パラグライダーを
楽しみに来ていて、
宮古島の魅力に
取り憑かれ、
商社を退職!!
宮古島の風の匂い。。。
ある日、
もう
東京には、帰れない。
帰りたくない。
と
感じたそうだ。
自分の生きる場所を
見つけたの
ですね。
で、
dropout。
宮古島に
移り住み、
役所の方の
協力の元、
先ずは、
今のビーチに
プールを
作ったそうだ。
役所の観光課長が
宮古島は、
その時代、
農業、漁業では、
先が見えている。
食べていけない。
と
観光の方に
力を
入れてくれた様子。
木陰で、
おっちゃんが ひとり。
ラジオから
聴こえてくる
甲子園を 高校野球を
聴きながら
昼寝をしているような
ビーチに
プール ⛱を
作ったそうだ。
朝の8時前から
夜の8時まで、
働き、
道路を整備!!
プールは、
盛況で、
宮古島の家族
子供が
みんな
来ているんじゃないか
と
思えるような
めちゃ 混み
イモ洗い状態だったそうだ。
観光課長の
協力が
デカイねっ
と
甲斐さん。。
😎
藤井さんは、
逆境で、燃えるタイプだと
役所の人は、
わかっていたのだ
と。
笑
だが、
そこで、
海には、誰もいない。
ビーチなのに。。
と
また、考え
今のアメリカから
取り寄せた
カヤックに
入っていったそうだ。
甲斐さんは、
自分でも
超晴れ男と
自負しているが
ある年は、
台風で 酷いことに
なっていた
と。
あまり
電話は、しない方だが、
その年は、
電話して、
台風 大丈夫?
と
藤井さんに
聞いたそう。
それくらい
大変な 台風で、
プールに
なぎ倒された木が
全て入り、
又しても、大掛かりな
改修工事に
なった様子。
そんな、
昔のビーチの様子?
歴史を知っているのも
もう、
50人くらいしか
いない
と。
早くから
宮古島にバカンス
に
出掛けていた
甲斐さんも
その中の1人
と
いうことだ。
その
ビーチのロケーション
を
維持管理していくのは、
やはり
役所の協力が
大きいと。
でも
藤井さんは、
パラグライダー
を
していたおかげ
で、
自然との付き合い方を
知っていた
と。
空も怖いが
海は、もっと怖い
と。
一度、
カヤックに乗るために
お客様が
セットアップ
したにも関わらず
ひとつ
の
大きな波で、
中止にした事がある。
と。
🌊
自然をよむ力
ですよね!!
楽しみにしていた
お客様には、
土下座して 謝ったそうだ。
また、
観光業を営む為、
宮古島に来た当時は、
まわりから
外国人を
見るような目で、
見られた
と。
アメリカに単身
レコーディングに
行った事がある
甲斐さんは、
それは、
世界中 の人
みんな、そうだよ。
と。
仕方ない。
と。
小さな地域で、
閉塞的に暮らしているん
だから
排他的になっても
仕方ない
と。
そこに
潜り込んで、
生きて行くんだから。
と。。。
宮古島に
移り住んで、
嫌がらせ も
いっぱい受けました。
と
藤井さん!
でも、
自分は、否定的に
捉えるんじゃなく
強くしてくれているんだ
と
肯定的に
捉えた そうだ。。
その辺りに
成功の秘密が
あるんやろ
ねぇ。
精神力‼️
( ̄▽+ ̄*)
カヤックで、
海にでる。
それは、もう旅
なんです。
と
甲斐さん。。
藤井さんは、
宮古島の
おばぁから
伝えられた
伝説的な事を
観光客に
話していくんだ
と。
でも
自然には、
敵わないから
自然を好きになり、
味方にしていく。
と。。。
それを知らない
と
無理をすると
事故になる!
と
おっしゃってました。。
甲斐さんが、
😎
宮古島には、
🅰️の直行便
が
丁度良い
11時55分〜〜3時前
に
東京から
でていると
言ってました。
から
毎度、
その便で、遊びに
出掛けているの
ですね。
笑
🛫
かかった曲は、
はっぴぃえんど ♪相合傘
斉藤哲夫 ♪GOOD TIME MUSIC
お し ま い ❣️


