俺の歯を診てくれる歯医者さんの伊藤好之さんは柔道家でもあってね、山形の少年に対する武道教育に大変貢献している。
この好之先生のお父さんが伊藤寅雄先生という彫刻家なんだ。私は寅雄さんの大ファンなんだ。
俺はいつも
「俺が好きなのは寅雄さん!好之先生は付録!」
なんて失礼なこと冗談では言ってる。
寅雄さんの青春時代は戦争中だったんだ。
日本は厳しい戦況に追い込まれて兵隊が必要だった。だから、兵隊になること、国のために戦死することが名誉だと教え込まれた時代だった。
しかし寅雄先生は体が小さかったから、徴兵検査は不合格。兵隊になれなかった。だから、当時の人達は寅雄先生のことを「寸足らず!役立たず!」と白い目で蔑んだんだな。「非国民」とまで言われたんだな。寅雄先生は自分に何の罪もないことで、苦しい目、悲しい目にあったんだよ。
だけど、寅雄先生は自分に与えられた体や命を自分で蔑むような人じゃなかった。
「よし!それなら、自分に出きる何かで、自分が打ち込める何かで役に立とうじゃないか!
せっかく、授かったこの体で一人前に生きてみようじゃないか!」
伊藤寅雄先生の心意気が彫刻の道に自分自身を没頭させた。そして花開いた。
寅雄さんは工房も構え、結婚もし、息子の好之さんが望む大学の歯学部にも入れて立派な医者にした。
俺は寅雄さんの話を思う度に涙が出る。
何年か前、居酒屋で息子の好之さんの顔見てて寅雄さんのこと思い出して、居酒屋のトイレにこもって暫く泣いたよ。
世の中、色々辛いことあるよ。馬鹿は無神経に人を攻撃する。
だけどね、自分自身だけは自分を大事にしなくちゃいけないよ。信じなくちゃいけない。何が何でも自分を粗末にすることは許されないんだよ。分かるかい?
悲しみのどん底で自分を信じた伊藤寅雄先生は素晴らしい一族の幸せを造り上げ、その彫刻は人々を感動させているじゃないか。自分自身を信じて大切にしてください。あなたも。
(聞き書き 不動武)


右 伊藤寅雄先生