死がふたりを分かつまで | My Favorites

死がふたりを分かつまで

それは永遠なるもの

似たような言葉を聞くよね、結婚式で (^^ゞ

なんだけれども…もしかして…

人間は生まれてくる時そんな言葉をかけられて送り出されているんじゃないかと思った次第ですよ、カミサマ

祝いなのか、呪いなのかわかんないけれども

断ち切れぬ縁の枷として


昨日観てきたもの

売込隊ビームさんの「トバスアタマ」

こちら昨日東京初日を迎えまして
6日まで下北沢「劇」小劇場にて絶賛公演中

しかしながらこのブログ
当方の記憶保管庫となっている関係上
するっとざくっといつものとおり壮絶にネタバレ及び妄想炸裂にてごめんなすってでございます






今年になってやたら「親子」というものにぶちあたる
舞台や小説においてであるんだけれども

大方において父親は「不在」

家にいるとかいないとかではなく

圧倒的に「母親と子供」の物語になっていたのだ

なんだけれども

この舞台においては存在する

甘やかに優しげに秘そやかに

永遠に紡がれ続ける悪夢のように

母と子の真ん中に確かにいつも「在る」


母親は結婚したかった

でも

父親はそんなこと考えてもみなかった

それだけのことなんだけど


どちらの気持ちもなんとなくわかるので


私は意外に次郎さんの
いきなり目の前が閉ざされる閉塞感に恐怖する

年上の彼女はいた、でも結婚する気なんて更々なかった
そんな選択肢があるなんて思いつきもしなかった

まだまだ時間はあるはずだった、世界は広がってた

「あなたがお父さん」

これって色んな所で扉が閉まる警告音だ

もちろん色んな扉も開くんだけれども
でも人から言われて開けられた扉、入るしかない扉、入りたくない扉
だったら全速力で逃げるしかない

たぶん通常「もう少し時間をかけてごまかすこと」もできるんだろう

「とりあえず」今は無理だよ「もちろん君を愛していて」
でも「就職」してからでも遅くはないし
子供に教育を受けさせるにも「今」僕ががんばらないと

そういって、事が終わった後はもう全速力で逃げる

なんだけれども、これは舞台であるによって、すっぱりざくっと

「堕ろしてくれ、調べたんだ、10万くらいでできるんでしょ、やらないなら僕、君のお腹殴るよ」


母親典子さんも最初「大人の女」だったと思う

だけどね

ほんのちょっぴり自慢だった、年下の男とつきあっていること
良い大学にいて、将来有望な見目のいい次郎さん

「産休に入ります」って同僚に宣言できる相手
「こんなはずじゃなかったけど、まあしょうがないよね」って同僚に微笑みながら報告できる相手

それが次郎さん

そんな夢、心の片隅にはあった、でも言葉にしてはいけない雰囲気があった
大人のふりしてた典子さんに「切り札」がやってきた

「あなたがお父さん」

でもそれは次郎さんにとってはとてつもない「恐怖」だったんだ


で…復讐で子供を生むこと

それって「勢い」でできたかもだけれど
そのあと13年ですよ

次郎さんの実家の側で次郎くんを育てる
いつ会うか、会えるかわからないのに…13年

お友達が映画だ海だディズニーランドだって楽しんで
出会って別れて、また出会って、やがて普通に結婚して、産休取ったりしている中
1人で子供育てて、仕事して、待って…13年

疲れても、後悔しても、終わらない13年
それこそ自分が死ぬまで続く「親子」の時間

覚悟ないまま始めたらそれは疲れるわ…自業自得と人は言うけど


そして次郎くんも全くわるくない

けど

たぶんお父さんに似てるんだ、特に笑い方が
時折返してくる言葉が

忘れたくても忘れられない

本当ならとっくの昔に済んでた話なのに
永遠につきまとって離れない…うん、本当に自業自得なんだけど

典子さんはダンス教室で本当に久しぶりに笑ったんだと思う

本当はそうだったのかもしれないじゃん

あの時、実は次郎さんも典子さんが好きで、結婚してなんとか3人で
お金持ちではないかもしれないけど、子供と一緒にダンス教室に通い始められる年齢になったりして
家に帰って「筋肉痛だ」って言うと、次郎さんが「バカだな」って笑ってくれる

「親には頼れないけど」
そんな典子さんの夢の家族

そんな家庭になったかもしれないじゃない
本来の典子さんの笑顔とか、「次郎、こう!」っていうの
あれ違う未来なら見せてたはずの典子さんの一部だ

復讐も確かに考えたのかもしれない
次郎さんにいつか「子供が生れた事が知れる」

でもどこか

「救世主」を待っていたのは典子さんも一緒なんじゃないか

「あの時は悪かった」「あれからずっと探していた」「結婚してくれ」「これが俺の子供か」「生んでくれてありがとう」

次郎くんは細い細い、もうそれこそ見えないんじゃないかってくらい細いんだけれども
それでも甘い夢への最後の蜘蛛の糸だから
この13年間をムダな時間じゃなくしてくれるたったひとつの魔法、蜘蛛の糸

でももちろんそんなものは叶うはずもなく

だって次郎さんにとっては「もうすでに終わったはずだった」「恐怖」なんだもん


その子供の「次郎くん」
何も悪くはないのに
弱さも…子供が弱いのはあたりまえだもん…だから何も悪くない

お母さんが次郎くんを愛さなかったのは次郎くんのせいじゃない
殺すほど憎んでもくれなかったのは次郎くんのせいじゃない
女の子に生れてしまったのも次郎くんのせいじゃない

なんだかなぁって思ったりしました

自分がどんなに傷ついたとしても、結局はより弱い方に連鎖は流れて行くのなら
どこかで止めるしかないんだけれども
それを自分の所で止めることを良しとできるかっていうのは、本人の精神力によるのだろうと思います
人はそんなに強くはないので

中学を卒業する時を1つのカウントダウンの終点だとしていた感がある次郎くん

その手前にそれはきてしまったけれど
次郎さんは次郎くんの、ある意味救世主になったんだろうか

でね、あの家庭
実際次郎くんが「男の子」に生れていたとしたら…それはそれでものすごく怖かったりします

演じている辻さんにも驚愕
舞台に出続けるってすごいことだなって思うし
その少年っぽさが生きてるし
んで「女子を演じることもできる」田渕さんがもう1人の次郎ってのも不思議な感じで
この並び好きだったりした


そしてそれとは別の恐怖

悦ちゃんと実のおじさん轡木さんの話

…身につまされます \(--;)

まあうちは私が「おばさん」(とは絶対呼ばせませんが)って立場なので
どうにかこうにか乗り切ってるんじゃないかと思いますが(今の所…そう思うよ)
十分セクハラ野郎なので (^^ゞ

最近まで「3人まとめてムギュー!したい」とダダをこねる奴ですよ
はい、最近かまってくれなくて淋しいもんでございます

年2回の帰省だけでよく「最近」までもった…ともいいますけどね

でも積み重ねがあってのこと、一緒に暮らしていないからこその距離感とか

あの時期の女の子の頭の中身は今思うととても特有なものだったと思うのです
その時期を体験した者が思い返してもとても不可思議な思考回路
ある意味ピリピリと逆毛を立てて同種以外は受け付けられない、そんな時期だと思うのです

ああなると、ほっとくしかない
説得してわかってもらおう、とか思わない方がいい
時期を待った方がいい
道を踏み外しすぎない限りはいつか彼等も必ずこちら側にやってくるのだから

かわいいんだろうと思う
なんだけれども引き際をわきまえないといけないそんな距離感って改めて感じた


引き際というか、踏み込み領域というか
実に正しい、一瞬まるで救世主のようなスタンスなんだけど
どこかが引っかかる阿倍岡さん

子供を救うために典子さんの過去を調べたり、静かに脅かしたりするんだけれど
自分の担当以外の子供にはちょっぴり踏み込みが弱かったりする

でも前回に引き続き宮都さんの役、好きだなぁ
1回目が怖すぎたんだよなぁ、閉所恐怖症には…出会いって大事


して…俄然あの芝居の中でSFをひた走る鈴本さん、靖子さん、宮田さん、ファイナル

…なぜ、どのような必然性があってこの話にからんでいるのかは全くもってわからないんですけれども(爆)
一服の清涼剤と捕えました(←おい?)
草野さんが何気にかっこいい

例え外見が犬であろうと、これは靖子、返すわけにはいきません
ああ、まるで売込隊版「私の頭の中の消しゴム」(←最近友達の感想ブログを読んだらしい)

でも言ってることはとっても理不尽
犬と妻って重さが相当違うと思うよ
宮田さんにとってあまり良いことないもの

ジョンソン先生はもっとキモくていいと思います (^^ゞ
ただ…「ウェルかめ」見て初めて売込隊を訪れた方には「そちら方面が得意な方?」と思われる可能性ありなので
タイミング的に今は「かっこいい杉森さん」が見たかったり

そしてわたくし的「二枚目要員」二曽さんが今回会場係であったのが淋しい限り
次回東京にいらっしゃる際にはキャスティングよろしく \(--;)




楠見さんがサラダを押す所、怖かったなぁ
ネグレストにはならないんだな、このお母さん

それと「あの子おかしいよ、見ててごらん、あんな子にはバチがあたるから」
うん、見事にね、あの子にも典子さんにもね

さて…カミサマはご覧になっているのだろうか




大阪公演:2010/5/21~23 ABCホール
東京公演:2010/6/3~6「劇」小劇場にて