船橋研二さんについて考える | My Favorites

船橋研二さんについて考える

ただしこれ「東京千秋楽に加藤巨樹さんが創り出した船橋さん」とは全く別人です

「16日ソワレに加藤巨樹さんが創り出した船橋さん」から感じた発展系

プラス、たぶん以下は「売込隊ビーム」さんや「星が振り、夜が来て」の世界観からも相当はずれます

これから行かれる方は「こんな話なのか」と誤解をしないように

「こんな船橋さんに私は惚れる」という一方通行のラブレターです


えっとまず…どこの街かは知らねども「駅前にショットバーを構えることができる」男であるので
そうそうクリーンすぎる男ではないと思われ…るよね

酔って迷い込んでくるお客もいるわけですよ
それを凄みひそませた微笑みで丁重にお帰りいただく
かなり数はこなしていると思われる

「女にオクテ」なわけもないので「女の子の家に」ってのもスマートにね
相手の反応見て必死なわけでなくね

「そうですよね、大学生じゃあるまいし!!!じゃあ、五十鈴さんの部屋で…ってダメですよね!!!聞き流して下さい!!!」

ではなく

「そうですよね、大学生じゃあるまいし…じゃあ、五十鈴さんの部屋で…ってダメですよね?聞き流して下さい(にっこり)」

ってニュアンス伝わりにくいですが

そう、初めて彼女の部屋に上がれそうな大学生ではないわけですから必死感や軽さ抜きで

「聞き流して下さい」まで「押し」ですよ、これ


「もうーーーー!!研二でいいって言ったのにーーーー!」もね

「もう…研二でいいって言ったのに(にっこり)」(ガード固いね)含みで

あくまでも経験は研二さんが上ですよ


「お前、五十鈴の何だ?」って言われて

だって女の方が「こっち片付けて必ず(あなたに)」って言ってるわけですから

「五十鈴さん!!!!(はーと)」じゃないと思うわけですよ

「五十鈴さんの…未来…かな」
ここはもう五十鈴さんの眼を見て確認するとこ
それでいいんだね?って

で、去り際に安心させるように五十鈴の肩をぽん!と叩いて

もう1人のケンジを軽くにらんで

「この人、もう俺の女になるから」みたいなね
「だから何かしたらどうなるかわからないよ」みたいなね


付き合い始めて
意外に五十鈴はかわいい女な訳ですよ

「家にクーラーつける」ってだけで喜んじゃうような女です
そのことを自慢しちゃうような女です

そんな女に石が飛んでくるわけですよ

がなっちゃダメなんです

もう1人のケンジさんがそういうタイプなんだから
怒れば怒るほどクールダウンしていく男の方がいいと思うの

「お前より知ってるよ」

ここケンジダメージポイント

そう、今ではケンジより知ってるんです、大人の関係としてね


さて、そんな男が後半くずれているわけです

理由は「ショットバーの閉店」

私、単純に経営の失敗だと思ってたんですよね
まあ、カウンターの向こうで癒やしてくれる男に女ができたわけですから
客の7割が女性だったと思うので(当社想像)
ちっ!!みたいな (^^ゞ

ただね

船橋がそんな男だと思えなくなってきまして

んっとつまり問題は「金」ではなくて「気力」です

ショットバーを閉店させたことが問題なのではなくて
ショットバーを閉店させた「原因」が問題

これ、例えばですけれど「親友の裏切り」とかにしてみます \(--;)

この「親友」
大学時代に「俺達親友だよなー!」みたいな奴ではなく

えっと古い映画になりますか、昔見た「サンクチュアリ」

カンボジア滞在中に政変に巻き込まれた少年2人がね
自分達の力だけで脱出してくるわけです
それこそ生きるか死ぬか
体力や運のない者は死ぬ、そんな世界から
そして、ようやく帰り着いた日本の緩さに絶望して表と裏から日本を変えようと決意する
表と裏、どちらに進むかはジャンケンで決めた
勝った方が政治家に、負けた方がヤクザにって映画…だったと思います

まあそこまで「裏」の人ではないと思うんですけれど (^^ゞ
つまりは「こいつだけは」な「親友」
それはたった1人です

その「親友」だと思っていた男の裏切りだとしたら
これ女がどうしようもない喪失感だと思います

たぶん、船橋が「その気」になればショットバー再建すぐできる

ただ「その気」になれない


「笑ってもいい話ですかぁ?」って言われて、一緒に笑って、でも

「…ダメ!!…まだ笑い話にするには早すぎる」

ここ笑いのシーンじゃないんです
ここ、女子がきゅーーーーー!ってする所です

「…駄目」

笑ってみたけど、でも思い出すたびに足元が崩れそうになる、だから「駄目」今はまだ「無理」


「お前、どういう店で働いてるんだよ。それってやばいんじゃねぇの?」

これも相手を嘲るんじゃなく、本当にそれやばいってわかる男だと思うのね
本当にケンジ殺されちゃうんじゃないかってくらいやばい店にかかわってるのはわかる

なので、五十鈴に言う「どうする?」

これって「どうする?ねえ、どうする?」って相談じゃなくて
「お前どうしたい?」の「どうする?」じゃないかと思うわけです

「その気」になれば、そんくらいの力、まだある

「岡野に相談しようか」も

「あいつ、友達だからタダでやってくれるよ!!」ではなく

それだけの貸しあるんです、船橋は貸しにしたつもりはないんだけどね

船橋のために動いてくれる「友達」はいっぱいいるんです
だけどそれは「親友」じゃない

明日なんてもうよくわかんない
そんくらい気力が、生きていこうという気持ちがわかない
だから微笑める
ここでの微笑みは余裕ありの微笑みではなくて

「明日」なんて想像もできない

ただ呼吸して、生きて

そんな時って「死のう」ってのも面倒くさいくらい「動」ってのがわかないから
本当にどうなってもいいから何があっても怒れない
かえって微笑めたりするもんじゃないのかと思います

泣いたりわめいたり怒鳴ったりって、それまだ生きてるもの、心が


いっそ彗星がぶつかってしまえばいい

「一緒に死んで」って言って薬差し出す女がいたら、それを飲んでやってもいい

とにかく今は動けない、そんな男


…ね?

今回求められている船橋さんじゃないでしょう?

だけど私はこういう船橋さんが舞台の上にいたら惚れてしまうだろうと思います




「もし本当に彗星が落ちてくるとして、最後の日にどう過ごす?」

これに対して都希美ちゃん、「普通通りに過ごす」って答えます

船橋さん「最後の日なのに?」って返しますよね

でもじゃあ自分はどうする?ってなった時
「おいしい物食べるとか」なんですよ

そんなものしか思いつかないわけです

私が五十鈴さんだったら、これ大ショックです

そこに自分の名前ないんだもん
本当は真っ先にそこに名前があがってほしいもん
「最後の瞬間まで五十鈴と過ごす」って言われたいもん


ある意味ね、五十鈴さんに惚れているのはケンジさんの方だと思うんですよね

毎年「♪誕生日にはプリンを忘れない」(^^ゞ

研二さんは最初の年はお店でオールナイトで祝ってくれたけれど
次の年には忘れてた
その次の年は言われるまで思い出しもしなかった

なのでラスト、「ただいま、ケンジ」って笑顔で家に入る五十鈴さんを観てて
ほんのちょっぴりケンジさんが働く気を出してくれていたら五十鈴さん、それでよかったんじゃないかなって思います
ケーキもシャンパンもクーラーもいらなくて
毎年2人でプリン食べれてたらそれで充分


で、オープニングに戻ったかのように見えるラストシーン
私はあれが「リセット」であればいいと思っている

都希美ちゃんのお母さんはまだ元気で
船橋さんはお店を開く所で
五十鈴さんには笑顔で帰れるケンジさんが待つ家があって

なんとはなしに

最後に落ちてくる石
隕石売りさんが今まで見せてくれていた石とは違うじゃない?

いや、物理的に同じ石使うのが無理なんだろうと思うけれども (^^ゞ

私には石が落ちてきて、それを拾った彼の顔
「なんか以前にもこんなことが…」ってデジャヴ感ありにも見えたのです


うん、ほんと

お芝居って人によって受け取り方、違いますよね

だから楽しい




ちなみに

私の好きな本の中に「ひとめあなたに…」ってのがあります

恋人が病気になって別れを告げられてた女の子
ある日「1週間後に隕石が落ちてくるので地球はそれでおしまい」ってことになっちゃう

で、彼女は歩き始めるわけです
江古田から鎌倉まで

ジーンズとスニーカーはいて
紙袋にお気に入りのワンピースとヒールをつめて

好きな人と最後を過ごすために

女の子ってそういうもんです

誰でもいいわけじゃない
その人がいいんです


あ、こう書くとロマンチックな本に間違われがちですが

読むと結構怖いです

新井素子さんの本は「たれぱんだ」のようだと思う

文体かわいいのに、書いてることは結構ぐろいっすよん 
私、きもかわいいと言われてる「たれぱんだ」怖くて5秒見れないもん(^^ゞ