今の私は、
その気になったらまだ神とやらと対話は出来ますが、もう絶対対話はしませんし、もう行きたくありません。そしてもうあそこまでトロッコで行ける気もしません。死んじゃいます。
神とやらが見せてくれた世界は、
死と生と隣り合わせで心地いいんですよ。
すごく。全ての概念と歴史に包まれるようで。
色の多彩さと奥行、表現に圧倒されます。
まるで4次元みたいです。
0次元にも、1次元、2次元にも行けます。
4次元以上にも行けます。無限以上なんです。
ふと仏教の数の単位が出てきましたが、そんな莫大な情報量なんです。
私のちっぽけな頭では理解出来ない程の。
何を見てるのかすら、理解できなくて、ただ流れて行く事を見る事しか出来ないのです。
木を見ました。
まるでとてつもなく大きな木みたいなんです。
それは幻みたいで、でも確かにあるんです。
そういう循環みたいなのが、あるんです。
上にも横にもたくさん枝分かれしてるんです。
根っこはあまりわかりたくないですが、多分根っこも木みたいにたくさん分かれてるのかも知れないです。
しっかり、支えてる、大木が、あるんです。
優しいんですよ、掛け値なく。
でも、木、と表現しましたが、ホントの所はなんなのかはわからないです。
こんな感じ、でした。
ですが、
どこまでも、広いんですが、
どこまでも、自分しか居ないんです。
全部自分の中だけの世界なんです。
凄く寂しいし、本当の、孤独な闇の世界なんです。
とてつもない絶望と悲しみと苦しみの世です。凄く、苦しかったです。
ただ、私は今でも、木は循環してるんだと、思っているんです。でも木ではないんです。
情報で出来てる木なんです。
すいません、どうしても表現ができません。
まだまだこれも病気の症状なんだと思いますが、それでも木はあると、思ってます。