同じ敷地内に住む、フィリピン人の友人がいる🇵🇭
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彼女の夫は日本人、その夫の帯同として子供3人
連れてインドにきていた。
ロックダウン中、チャーター便で日本に戻った
彼女達家族は、子供達の学校問題を考え、
インドへは、夫だけの単身赴任とすることに
したそうだ。つまり、家族は日本に暮らす🇯🇵
その彼女は、日本語は、カタコト話せるが、
もちろん、読み書きは出来ない。
そして、今、日本での、母子生活が始まるのに
向けて、運転免許証取得に励んでいる

彼女の住む地域では、車がないと生活が不便との
こと。。
人生初の運転。
しかも、取らないと生活が困る。
時間は限られている。
学科は、英語でも受けられるそうなので、さほど
問題ないようだが、実技の時に、日本語を話す
教官と2人きりの空間での緊張感から、何度も
失敗してしまった
と言っていた
と言っていた
わかるー
思い出すー
アメリカで、免許の試験を受けに行った時、
教官と2人で、路上に繰り出しハイウェイを
走った時、おもむろに「せぶんてぃふぁいぶ
」
」と言われ、頭が真っ白になった
要するに、75マイルまで速度を上げてね

と言うだけの意味(ミシガンのど田舎は75まで
出していいのでした)なのに、75をまともに
聞き取ることもできないくらい緊張した
彼女の肩には、これからの子供達との生活が
掛かっている。
しかも、彼女にとっては日本だって異国🗾
毎日のように、Whats AppやLINEでやりとり
をしているけれど、私には応援すること、
そして、一緒にドキドキしてあげることしか
できないなー
彼女は、彼女のインドの家に残っている彼女の
大事な故郷フィリピンに帰省した時に運んで
きた、大切なフィリピンの食料を私にくれる
と言ってくれてる🇵🇭
それを聞いた時、あー、もう彼女はここインド
へは戻ってこないのね。と実感した
インドにいた頃は赤ちゃんだった、1番下の娘
ちゃんが、この前ビデオ通話したら、幼児に
なって、髪の毛も伸びていた
ここインドから、彼女と子供達の新しか始まる
日本での生活が上手くいくように、ただただ
祈ることにしよう

今度子供達に会えるときは、どんなに大きく
なっていることか、楽しみにしながら。。
きっと、彼女のご家族と同じようなケースの
ご家庭もあるだろうなー。
何が正解なのか

答えが出ないまま日々過ごすことだってある
だろうなー。
