14時ごろ夫は帰ってきました。


引越しから4日経ってどうにかリビングとその隣の和室が片付き、日常の生活に戻りつつある中放たれた一言に驚きました。



まず片付けてくれてありがとう、これで子ども達ものびのび暮らせるな、などと感謝の気持ちがないのはわかってはいましたが、まさかの展開に私はビックリでした。




『もうダメやろ?無理やろ?』


何が?

って感じですよねー。


夫から離婚の申し出です。


申し出なんて丁寧なものではないけど、簡単に言うとそういうことなんだと察しました。


私は

『どうして今なの?せめて引越す前に言ってほしかった。こんなに頑張って荷解きして片付けたり、姉や伯母までも手伝いに来てくれたこの時間は何だったの?』

と言うも

『俺は前から考えてて今準備が整った』

と。



これを子ども達のお迎え30分前に言われ、何も考えることが出来ませんでした。



『とりあえずもうお迎えだし、夕食も作らなきゃいけない。この話は今度にして』

と伝え迎えに行こうとすると

『逃げるな‼︎それから車の鍵出せ‼︎』

と。

そこでプッツンきた私は

『離婚したいくせに車だけは借りようとするんだね?アレは私が独身時代に頑張って働いたお金で買ったもの、貸す貸さないを決める権利は私にあるから貸しません』

と意地悪言っちゃいました。



怒った夫はそのまま家を出ていきました。



7月の半ばに新居に引越しました。

と言っても4LDKの一軒家ではありますが賃貸です


この広さがあれば子ども達が巣立つまでは生活できる、と見越しての引越しでした。


引越し当日は私の姉と伯母が手伝いにきてくれ、夫と私が雇ったヘルプマンが荷運びをしてくれどうにか荷物は移動できました。

夫は夕方

「夜は仕事あるし行かんなん。〇〇さん(夫の仕事仲間)のばあちゃん倒れたし、代わりに仕事手伝いに行くんや」

と急に言い出したのです。



それからしばらく家に帰らず…



引越し当日は、夫とヘルプマンはリビングに全て荷物を入れ放置。

ヘルプマンは、トラックから降ろした荷物や家具を各部屋に入れた方が後が楽なのでは??と言ってくれていましたが、夫がとりあえずリビングにと言い張った結果、大変なことになっていました。

その状態で家に帰ってこず…



姉はしばらく荷物の整理をするために実家に泊まって手伝ってくれていました。

それでも片付かず…

そのため引越し2日後に夫に連絡し、子ども達の幼稚園のお迎えをお願いしましたが断られました。それどころか、この忙しい中別の要求まで…

私的には子ども達の環境を整えてあげることが第一優先。そのためにも早く新居を住める状態に、と思ったのですが、そんなことわかってくれる相手ではなくその日も帰ってこず…



私も子ども達の幼稚園に行ってる間しか身動きが取れず、新居が住める状態になるまでに数日かかりました。


引越しが火曜日、金曜日の幼稚園のお迎え後にやっと子ども達は新居に入れた状態でした。

それでもまだキッチンが片付かないのでお料理はできず…

寝るためだけに入ったとも言える状況でした。


その翌日、土曜日の朝夫は突然帰ってきました。

要件は、今日から中距離県の仕事に行く。自分の車の調子が悪い、人を乗せるのに危険だから私の車を貸せ‼︎と。

朝7時半、子ども達の登園準備でバタバタしている中そんなことを急に言われ…

私は車の荷物をおろさなければ貸せない、今は子ども達を送り出すことを優先したい、夫が出発する予定のお昼すぎまで時間を欲しいと伝えました。



そしてお昼過ぎにやってきた夫の一言にビックリでした。




息子の園には夏休みの宿題があります。

絵日記と絵画の2つ。

みんなたくさんお出かけして思い出たっぷりの絵日記を書いてきます。



昨年の夏は私が体調を崩して、子ども達を両親に預かってもらったぐらいです。年老いた両親だけでは大変なので、電車で2時間の距離に住む姉にも来てもらい助けてもらいました。だからどこも連れて行けず…



園にも私の体調不良のことは話してあったのですが、夏休み明けに真っ白な絵日記を持って行った息子。先生のコメントはとっても冷たいものでした。

それぞれの家庭の事情がある中で、子ども達にご飯を食べさせてお風呂に入れてもらい、寝かせてもらう。両親と姉、姉を快く送り出してくれた義兄にはそれだけで私は十分でしたし、感謝しかありません。



なのに

子ども達に夏の思い出を、子ども達にとっては今しかないのですから、と。

そんなことわかってます。

でもこれがうちの精一杯なんです。



私が倒れた昨年の夏の朝。

トイレの中でパンツも上げれず床に伏せっていたと言うのに、そんな私をまたいで仕事に行った夫。

その日もスロットに行き、子ども達を見てくれませんでした。

私にとって一生忘れない夏の思い出です。