遅くなりましたが、いただきましたお題“命”について、またいつもの如く戯言ですが書かせていただこうと思います。






最初に、

皆さんは“命”ってお題をもらったら、どう考えますかね?



私はまず、範囲が広すぎて、どういう視点からこのお題について書いたらいいのか…ってすごい悩みました(笑)

でも、じゃあどういう形での“命”という言葉が私の脳の中の大半を占めているのかなって考えた時に、本当抽象的でもなんでもない物体としての命、つまり人間の肝機能“心臓”っていう考え方が一番パッとくるなと思った。


なんで自分の命をそんな粗末に扱うのか。

とか、

生きてることに喜びを感じて、命を大事にしなよ。

とか、そういう言葉なんかではなくて、ただ単に人間の動いていられる中心部分、核の部分としての“命”。



もちろん、昔は命なんか大事じゃないとかそんなくだらないこと思ってたコトもあったけど(苦笑)、それって命という部分の事を抽象的にとらえ過ぎなんじゃないかと思うんだよね。

結局生きているのが辛いからって命を絶ってしまう子とかが増えてしまっている悲しい世の中ではあるけれど、それってアニメや映画の世界で“命”というものを抽象的にとらえ過ぎてるからなんじゃないかって、前に考えた事があったなぁ。


自分がそうだったからって、一概には言えないけれど
この皆の身体にも一つ一つ入っている“命=心臓”っていう部分。

そのたった一つの部分を断ち切ってしまう事で、人っていうものは停止してしまうわけだ。



そう考えたら、
怖くない?


たったそれだけの事で、今までの自分の生きてきた道やこれから何かしら起こるかもしれない出来事すらも、全て無くなってしまうという怖さ。

別にそれが、どれだけ辛い事でも悲しい事でも、
一瞬にして無くなってしまうっていう事の恐怖。焦燥感。





まぁ、それが欲しくて命を絶ってしまう人もいるような悲しい世の中ではあるんだけどね、実際のところ。


私個人の脳内の話ではあるけど…

『たったのそれだけで』
って考えた時に、

小さなことでは悩まなくなったし、前向きに生きれるようになったんだよね。


逆に考えれば、たったそれだけで断ち切れるのとは反対に、いつ“たったそれだけのことで終わってしまう”かも知れないわけで。

それが自分ではなくても、家族だったり自分の中の大切な人達だったらと考えたら、もっと怖いと思うよ。


大切な人の命が突然絶たれてしまうことの怖さを知っているから、知らせてくれたから、そう思えるのかも知れないけれどね。



私の命に対する考え方は、“人間の核の部分。人生を構成する上で全てを担う儚く弱い内臓部分。”ですかね。

ありきたりだけど
大事にしよう。

命ある限りは、楽しく生きよう。